九十五 是永 (銭谷警部補)
朝。
私用電話の方が音を鳴らして揺れた。
A署にいる警察学校同期の是永からメッセージの連絡がきていた。
十年以上前、是永がまだ本庁にいた頃に一度だけ仕事をしたことがある。今はA署にいるので、先日の老刑事の周辺の調査を頼んだのである。調査というより同じ署なので知ってることを教えてくれれば、という程度のものだった。
「A署、槇村又兵衛」
メッセージアプリの一房目にはそう記載がある。
「ご依頼の件」
警察関係の人間に調べ物を頼むのに、警視庁のメールではない連絡手段を使うのは初めてだった。というより仕事だけをしてきた自分には警察関係以外の知り合いなど皆無なのだ。組織に捧げるだけの人生で個人のアドレスを持つ必要がなかった、とも言える。
上野で若い石原と初めて酒を飲んだ時、古い日本の典型の自分が露呈するのが気になった。石原は言わなかったが客観的に見て組織にしか自分がいないような、組織に身を捧げただけの大人は若者に尊敬されない時代かもしれない。わたしは、石原のアドバイスにしたがって、刑事人生で初めて私物携帯というものを持つことを決め、あの翌日秋葉原の電気街まで歩き、中古のスマホを買った。秋葉原にいけば、すぐ手に入ると石原が意外にも詳しく教えてくれた。
右手に新しい小さな電話。
左手にこれまでの警視庁からの支給の電話。
デジタルに遅れた自分が今更二刀流にでもなった気分だった。
そんな右手の方の電話が音を出して小さく震えながら是永のメッセージを届け続けている。
「又兵衛は、定年退職ではなく公金横領」
随分な、内容がきた。これは省庁のメアドには送りづらいだろう。
「当人物について」
「いろいろ思うところはあり。この件はまた別途。」
緑の房が文字を載せて続いている。
朝の一番に、見たくない内容だった。だが見たくはなかったのだが、どこかでそんな予感もしていた。私は槇村又兵衛と名乗る老刑事のなんとも言えぬ表情を思い出した。
(そもそも、定年退職の挨拶というのは嘘で、わたしのところに来たのか。)
わたしが感傷に耽っていると、
「又兵衛氏のことはもう少しまとめている。待てるか?」
と是永は書いた。是永は家族想いのこころ優しい人間だ。私とは違い、正しく人間の家庭を作っている。仕事だってそれなりに忙しいはずだ。それをたった一度昔仕事しただけの理由で、頼み事を聞いてくれている。
「ありがとう。」
指で書くまえに、声が出ていた。待つも何も、わたしには相談できる人間は限られている。太刀川が誇ったような華麗な人脈みたいなものは何もない。