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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 96 章 九十三 再電話 (軽井澤新太)

九十三 再電話 (軽井澤新太)

「俺だ」
 再び風間でした。まだ夜は明けていません。公衆電話らしい、ブザーと十円玉が落ちる音が再び聞こえました。
「少し考えた。まず、さっきの人間についてもう少し聞かせろ。」
「…もしもし。」
「聞こえるか?俺だ。」
「…はい。」
 夜明け前の朝四時台の電話ということは気にもしないようです。この辺りが風間という人間の感覚なのでしょう。ただ、わたくしの側も、朝何時だろうが電話がかかってくるのを待っていたのですから、この時ばかりは風間のこの人格をありがたく思ったのでございます。
「まず、そもそも一つ聞いていいか?」
 風間は手順もなく強い言葉でそう言います。
「いやその前に、先ほどの十四枚の葉書の意味の続きを…。」
「うるせえ。」
 わたくしとしては、先程切掛けに空気を出した、葉書の説明をまず最初にしようと思いましたが、風間はまた癇癪を起こしました。電話はいつ切られるかの恐怖感を増します。必然と風間の主導に従わざるを得ません。
「そもそもだ。」
「…はい。」
「あんたらは、何か困ってるのか?」
「困っている、と申しますと。」
「いや。探偵さまが、前金もしてない人間と会って話そうなんていうことだからな。なんだかおかしいじゃないか。」
 風間は少し得意げにした風にも思われました。自分では忘れたふうにしていたくせに、しっかりとそのことは気にしていたのでしょう。
 やむを得ないことです。
 支払いがなければ対応しないと言い続けていたわたくしが態度を変え、何故か追いかける側に回って話がしたいといっている。挙句は電話を切らないで欲しいかのような、文脈をいくつも使っているのでございますから。
 ここで困っている、とわたくしが言えば、何かの手順を風間に与える可能性があると直感で感じました。そういう二流品の駆け引きを好むのが風間の特徴なのは申し上げた通りでございます。
「風間さま、どうか、先程のように電話を切らないでくださいませ。純粋に我が事務所として風間様にお伝えすべき重要な件が発生したのでございます。わたくしが申し上げた守谷という男についてもう少し追加の話がございます」
 電話というのは一度切ると、連続の会話よりも、心が整理されるようです。わたくしは、整理しておいた手順から、まずは言葉を置き始めました
「追加の話、というのは一体なんだ?」
「少し気になることがあるのです。」
「気になること?」
「つまり、風間さまに関わる、重大なことがあるのです。」
「ふむ。勿体ぶるようだな。」
「はい。しかし、そのことは、我々お互いにとって、とても大切なことになると思うのです。今日、もしよければ会って話せませんか?」
 わたくしが丁寧にそういうと、風間は沈黙をいたしました。公衆電話から、背後でトラックが走るごごうんごごうんという音が幾度となく受話器の向こう側に鳴り響きます。
「いかがでしょう…。」
「無理なものは無理だ。それより重大なことというのは、どういうことだ」
「ええ、守谷、と申しました男、に関することです。」
「……。」
「守谷について我々のほうで重大な…、」
「いやちょっと待て。そもそもだな。そのナントカという奴。なぜ、そいつの名前を俺にわざわざ伝えるのだ?」
「わざわざ?」
「俺の質問はそれだ。俺が頼んでるのは、俺に葉書をよこした人間の調査だ。そいつは頼んだのとは違うだろうーーつまり、葉書を書いた人間ではないんだろう?」
「…はい。」
「だろう。こちらは頼んでいないのに、あんたはわざわざ、その名前を俺に伝えてきた。わざわざ、だ。」
 少し溜息がわたくしの頬に落ちました。やはり、風間という人間は、守谷という名前には全く心当たりは無いので御座いましょう。わたくしはやむを得ず次のカードを切りました。
「そうですね。じつは守谷は別の意味で、風間様と関連すると思われます。」
「別の意味?」
「はい。実は、その守谷が、一昨日、襲撃されたのです。それはそれは、恐ろしいものでございました。まさに瀕死の状態で我々が発見したのです。結果、わたくしどもはその現場に間接的に居合わせてしまっています。守谷を襲撃した犯人は、立ち去っておりましたが。誰だかはわかりません。しかし、この襲撃した人間らが、風間さまへ脅迫をした葉書の送り主と関係すると思われる事実が見つかったのです。」
「……。」
「被害者は、守谷保、という名前です。守に谷、保険の保です。」
「事実が見つかった…。」
「本当に、過去を遡っても記憶にございませんか?。」
 わたくしはわざわざ繰り返し守谷の話をしました。しかしながら風間は、さほど間も無く、
「知らんな。」
 と無愛想に、言い放つだけでした。
「本当ですか?」
「本当も糞もない。知らん物は知らん。」
「知らない。」
「襲撃されそいつは死んだのか?」
「死んでいません。」
「おい。どういうことだ。それならそいつから、聞けば良い。」
「はい。わたくしどもも、そのように思っていました。しかし彼は、重症の体のまま忽然と消えたのです。」
「消えた?」
「ええ。入院した病院から遁走したのです。そうですね、まるで何かに怯え、恐れて逃げるかのように、消えました。」
 わたくしがそう言うと、何故か風間に腑に落ちるような、間合いがありました。
「つまり、何かから、逃げる様子だったのだな?」
「ええ。もっとも、あそこまでの暴行を受けていましたので、不安だったのだと思われます。病院に一度入院は出来たのですが、警備員がいる訳でもないのですから。」
「ひどいリンチというのはどのくらいだ?」
「具体的に、でしょうか?」
「ああ。」
 何故か名前には関心を持たないのですが、風間は、守谷の傷口の具合や、身体中にタバコの火傷をつけていたなどの話を、興味を持って聴きました。わたくしは、昨日からのあらましについて、歌舞伎町、池尻の病院、そしてもぬけの殻になった翌日迄を時系列に説明しつつ、全身は打撲の傷が入れ墨のように隈なくあり、無数の黒子(ホクロ)やシミのようにタバコで皮膚を焼かれ、肛門から強姦をされていたこと、最後に腕の切断の話をというところで、
「もういい」
 と風間は、逆に話を止めて、
「あんたは、その襲撃犯らについては心当たりはあるのか?」
 と、さらに質問をしてきました。
「襲撃犯ですか?」
「そのモリヤという人間を襲った奴らだ。襲撃した人間に心当たりでもあったのか?」
 風間は、カチカチと、タバコを点けるような間合いをさせつつ、風も強いのでしょうか、なかなか火がつかずに時間がかかっているようでした。公衆電話の向こうでは、引き続き、沈黙のたびに、大型ダンプカーでも通ったかのような環境音が鳴っていました。わたしは、随分、夜中なのに交通量が多い場所なのだと思いました。
「守谷を襲撃した人間には心当たりないです。想像もつきません。」
「手がかりゼロか?」
「いえ。ゼロとは申し上げません。ある可能性として手掛りはございます。」
「ございます?あるのか。」
「先ほども申し上げましたが、そのことが風間さまと連結する重要なことなのです。」
「……。」
「葉書です。」
「なに?」
「葉書です。」
「葉書。」
「ええ。ご想像付きますでしょうか?」
「随分回りくどいな...

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