← 目次へ
星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
第90章をXでシェア
第 90 章 八十七 事務所 (軽井澤新太)

八十七 事務所 (軽井澤新太)

 池尻の病院を出た通りで、タクシーに乗ると
「麻布の四ノ橋までお願いします」
 とだけ告げて目を閉じました。御園生くんと別れると、少しは張り詰めていたものが解かれ、身体が鉛のように沈みました。
 疲れが、悪い夢を見させると言います。わたくしは朝からずっと異常でした。乃木坂から表参道で乗り換えて田園都市線に向かう時も、池尻大橋の駅を降りてあの不気味な病院に再び向かう時も、もっと言えば守谷が去り、蛻の殻になった後の病室でも、わたくしはずっと目の前の現実ではない非現実のことに犯されていました。
 あろうことか娘の紗千と、守谷のような種類の人間が自分の脳内で繋がったことだけで足も竦み鳥肌が腕から背中へと広がります。体全部がブツブツと蕁麻疹になっていく気がいたします。
 わたくしはタクシーの座席に身を委ねると、自らの脳髄と戦うように唸りました。何か考え事をする度に、何らかの苦しい光景がわたくしの脳裏をよぎります。何を見ても何かを、と言うヘミングウェイの死の言葉のような神経痛が脳を起点として全身を廃黒く覆うのです。緊張をするな、と言えば、ますます手が震えるような、酒を飲むなといえばますます飲みたくなるような、反作用的な何かで、わたくしの心がそれを見たくないと申せば申すほど、あの不思議な一室に、娘の紗千が閉じ込められる場面が脳に来襲するのです。
 自意識過剰だと、お叱りを受けても仕方がありませぬ。元より、わたくしの子煩悩は少し強すぎてございます。その事は認めましょう。しかし、たとえば、この悪夢が、朝の夢の一回なら、まだ何とかして、忘れられたかもしれません。
 紗千を襲うその光景は目が覚めた後の現実でも衰えることなく繰り返されるのです。眠りから覚めても未だ悪夢が続くのでございます。
 その場面−−−守谷が犯されたあの一室が、我が娘の私刑に変換する不気味な光景−−−が脳に参ります。脳を犯すと言っていい、脳味噌に蛆虫が湧くがごとくに生じるのです。もはやその蛆虫は、眠っているわたくしだけではなく、ただ、歩いたり電車に乗っていたり、考え事をしたりしている場面にまで押し寄せます。
 もちろん幾度も、わたくしは自らの意思でとにかくそれらを振り払おうとします。別のことを考えたり、電車の走る窓の外を眺めたり、歩きながら空を見たり、ただ純粋に「考えるな」と念じ続けてみたりするのですが、一向に収まる気配がございません。
 思うことがあります。
 そもそもなぜ、私にこのような悪夢がやってくるのでしょうか?一体何が起因してこのような心象が脳に生じるのでしょうか?何かの理由もなしにこんな事が起こるとは思えません。そのとき、わたくしは、自分の過去の精神領域の中にある、とある空白のこと、その存在を実は知っている自分を、見つめざるを得ないのです。誰かから見ればちっぽけな一部分かも知れません。しかし、そのわたくしの過去の精神領域の中にあるちっぽけな場所は、間違いなくわたくしには重大で切実な場所なのです。目に見えぬ微妙な引力がゆっくりと私をそちらにもっていく。そうして、わたくしの過去がわたくしの胸ぐらを掴むのです。。
「すいません。やはり西麻布で停めていただけますか。」
 四ノ橋と告げたにも関わらずわたくしは少しだけ事務所に寄りたくなりました。運転手に行き先の変更を詫びながら、タクシーを降り青山墓地の方へと歩きました。
 事務所に着くと、壁には、昨夜のまま、風間の葉書と、守谷の葉書の複写が掲げてありました。
 O C C N E E T R 八月六日消印
 A A U W K S   八月九日消印
 この葉書がきっかけであることは間違いがございません。この葉書が二人の人間を探偵事務所に連絡させた。そうして、わたくしは悪夢に襲われ始めたのです。
 今日、池尻で守谷に会い、強引な手法を取ってでも、この葉書の意味を説明させるつもりで御座いました。いや、風間に対しても、そのつもりでした。しかし風間も守谷も音信不通となりました。。
 わたくしが甘かったのです。
 まさかあのズタボロの身体で守谷が居なくなるなど想像出来なかったのですから。
 もっと言えば、最初から歌舞伎町になど行くのも辞めておくべきでしたし、どこかで探偵気分、興味本位の取材気分を出してしまったのも、恥じるべきことだと、今更ながら猛省せざるをえないのでございます。
 わたくしは昨日米田さんが開けておいたばかりのウィスキーを少しコップに注ぎました。少しだけ心をおちつけ直し、ノートを開き少しメモを取り考えていることの整理を試みました。そもそも自分の中でも腑に落ちないことを文字にしてみました。
 一。風間と守谷は何故、同じ葉書を持っているのか。
 二。葉書の文字列は何を意味するのか。風間の「葉書を見れば分かる」という、態度の理由は何か?なぜ直接の説明を嫌がるのか?
 三。守谷のベッドの下に落ちていた、レシートの落書きは、文字列なのだろうか。
 まず一つ目です。
 何故、風間と守谷という、奇妙な葉書を背負った二人が、わたくしの事務所の電話を三日と開けずに鳴らしたのか?という点です。この点を少し調べようと思い、パソコンを開きました。御園生くんと相談して始めたGoogleの広告というのをとにかく調べていきました。Googleと言うのはWEBの会社らしく、昔の日本の家電メーカーのような紙の説明書は一切ございません。その代わりに、説明はWEBに全て並んでいます。それらをただ永遠と辿り続けます。
 御園生くんの説明では、Googleのアルゴリズムは人間を細かく特徴分けをして、似ている環境にいる人間が、似たものを購入したり、行動選択することを紐づけて、他社を圧倒しているとのことです。その人物が、どういう過去があり、何を検索し、どこに訪れ、どういう性格か、などを全て監視しながら分析分類しているというのです。風間と守谷は、見た目、年齢、そして葉書の関連など、ある一定の共通点を持っているのは確かだと感じます。もしかすると、この二人がGoogleのなんらかの作用によって、同一の探偵事務所のホームページに辿り着いたというのは、さすがに極論でしょうか。
 いずれにせよ、まだ整理ができないひとつめはこのことです。風間と、守谷がなぜ、軽井澤探偵社を選んだのかという点です。
 わたくしはウィスキーをゆっくりと煽りました。
 二つ目は、そもそもなぜ、葉書が送られてきたのか、ということと、その葉書に対する、風間や守谷の違和感のある態度です。
 風間は西馬込でのわたくしと初対面の当初から、
「葉書を見ればわかる。」
 この言葉を繰り返しております。謎めいた葉書のもつ恐怖や意味をわたくしや御園生はきっと知っているはずだ。見ればわかるはずだ。だから、出し主を調べることができるだろう、と。思えば随分な決めつけ方でした。逆に言えば、風間は葉書が何を意味しているのかは当然わかっているにも関わらず、その内容を話したがらないのです。つまり我々には見えず、風間には一目瞭然の何かが葉書にはある、ともいえます。
 守谷については、葉書の会話はなかったものの、私刑を受け身一つで逃げるボストンバックにわざわざ十四枚の葉書を入れていました。片腕を失い、着...

文字
明暗
組方向