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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 89 章 八十六 覚醒光景(赤髪女)

八十六 覚醒光景(赤髪女)

 田園のような風景の先に、地平線とも水平線とも思える光景がある。子供の頃の自分がいる、と赤髪女は思った。お父さんとお母さんを両手にして左手に母親、右手に父親。たまにジャンプすると両親二人の間で身体が浮いた。にっこりと笑うお母さん。時々話しかけてくるお父さん。
「真美子は大人になったら何になりたい? 」
「恐竜のぬいぐるみになりたい。」
「ぬいぐるみに?ほかには?」
「じゃあ、塗り絵になりたい。」
「塗り絵?おもしろいね。」
「トマトになりたい。」
「大丈夫。なんにでもなれるよ。」
 絵本が好きだった。絵本の色彩が好きだった。書いてある文字よりも文字の書いてない場所の色ばかり見て、色を覚えていた。一度、トマトの色を赤って当てた時、お父さんがすごく驚いて、喜んだのだ。そうしてトマトの帽子を買ってくれた。それ以来、絵本を読むと何かを言って、驚かせないといけないと思って、だから一生懸命、絵本を読んだ。
 好きなものはたくさんあった。でも全て、お父さんとお母さんを驚かせたかった。自分を見て欲しいのが理由だった。興味を持って欲しかったから何かを好きになったり、得意になりたかったのだと思う。興味を持ってもらえるように、少し違和感のある言葉を言い出す子供だったのだと思う。お父さんとお母さんが一緒に楽しそうに笑ってくれるのが一番の目的だった。
 田んぼの上を滑っていく。田舎の道を大好きなお父さんとお母さんの間で両手でブランコになって歩けたらどんなに幸せだっただろう。お父さんとお母さんが喧嘩をするせいで、家は少しずつ変わっていった。心が落ち着かない場所になっていた。いつも泣いてばかりの自分がいるのに気づいた。でも泣きたいのはお父さんとお母さんも一緒だったと思う。
 自分がちゃんとしていないから、お父さんとお母さんは喧嘩するのだ、と思った。小学校時代はずっとそうだった。お父さんはたまにしか帰ってこなくなった。たまに帰ってくるとお母さんと喧嘩をした。
 中学一年生で東京の渋谷に初めて来た時、赤髪女は社長さんの事務所に声をかけられた。
 東京で新しく好きなものができたと言うのは、お父さんとお母さんに対する最後の主張だったのかもしれない。自分が頑張るから、仲直りをして、また、田んぼの道を一緒に歩こうよって。
 実際に、アイドルデビューしてから、少しそれは叶ったかもしれない。
 お父さんとお母さんは、一緒に見にきてくれた。
 少し、人気が出始めると、応援をする側になった。
 赤髪女は自分が何かを好きになり、夢中になり絵本を諳んじるように、お歌と踊りを頑張った。そうすることで、お父さんと、お母さんがまた昔みたいに仲良く自分の両手を握ってくれると思った。
 でも、そんな時間は続かなかった。
 アイドルの仕事は全く好きになれなかった。元々少しも興味もないくらい歌も踊りも、全てが苦痛だった。ただ、真美子は、お父さんとお母さんを取り戻したい気持ちだけで生きていた。
 中学二年三年となり、何をやっても、お父さんと、お母さんは、離れ離れになっていくのがわかった。大人の世界に自分ではかなわない事情があるのだと分かった。もっと嫌だったのは、赤髪女が、アイドルになって、お金を稼ぐかもしれないっていうことだけでお父さんとお母さんが繋がっていることが、子供ながらに理解ができた。真美子は、知ってしまった。その証拠に、東京に来ても、お父さんとお母さんは、一緒に会いにはこなかった。食事だって、一緒にしなかった。お昼はお母さん、夜はお父さんみたいに、別々だった。
 社長さんは、いつも言っていた。
「無理しないでいいんだよ。お父さんとお母さんに相談して、駄目だったら、社長さんのとこにおいで」
 アイドルは歌も踊りも嫌だった。
 でもどこかで、頑張っていれば、また、田んぼの夕焼けに向かって、左手にお母さん右手にお父さんでぶら下がって、空中をブランコにして滑っていくのだと思った。お父さんお母さん、真美子は東京で成功するよ。頑張っているよ。
 夢で見た夕焼けは美しかった。
 青空の下の方で、まるで世界の最終章のような雄大な赤だった。
 図X  挿絵  名もない少女の絵(トマトの帽子)

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