← 目次へ
星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
第82章をXでシェア
第 82 章 七十九 悪夢  (軽井澤新太)

七十九 悪夢  (軽井澤新太)

 わたくしは、夢中で叫んでおりました。
「紗千!」
「……。」
「おまえらやめろ!」
 ずいぶんと長い悪夢が、わたくしを襲い続けていました。身体が震え、疲れ果てています。陵辱というものは単純な肉体の地獄ではないのです。時間が継続すれば、
「もう辞めてください。どうか、殺してください」
 そう言う言葉さえ出てくるほど、精神のほうから命に限界が始まるのです。
 守谷の場面が、いつのまにか、わたくしと言う親子の悲劇に変換され、まざまざと眼前で続いております。現実のように。ガラス窓のある、和室の中で、わたくしの愛する娘は手足を押さえつけられていて、室内で凌辱されてい、そうして時間が経ち、日々が過ぎます。朝が来て夜が来る、それでも殺人者たちは平然と時間を過ごす。まだ幼い若者で、なにもわからぬ少年たちです。
「紗千!おまえら!やめろ!やめろ!!!やめろ!やめろ!やめろ!!!」
 ガラスの外側からわたくしは、鬼神のように目を剥いて叫んでおります。ああ、わたくしは、今にも殺人者になりうる迫力で、娘のために、怒鳴り続けるのです。もう何日も繰り返し、声も枯れております。歌舞伎町でボロ切れのようにされた守谷の何倍もの形で、我が娘が陵辱されていくその悪夢は、どこかで現実ではないのだと、自分で信じているにも関わらず、幻覚の中で声が枯れていく。
 こんな現実があるはずはないと思っていながらも、全てがまるで目の前で起きているとしか思えぬ、色彩で迫るのです。赤い唇。流血する口紅のような血液。目出し帽の少年たちの黒々とした服装と僅かに見える冷たい眼差し。煌々と光る電灯と、わたくしを押さえ付ける背後。掴まれる髪の毛や腕への強すぎる力で、身動きの出来ない虚しさ。
 そのときふと、わたくしに言葉が落ちて参りました。
「被害者は、永遠に被害者のままだ。軽井澤。毎朝、娘を失った苦しみで全ての朝がはじまる、そういう残りの人生を考えたことがあるか?」
「……。」
「お前はそれを絶対に知らなきゃ行けないんだよ。」
「……。」
「人は、忘れることができるさ。みんな忘れる。でもそれは、自分が当事者ではないからだ。
 家族を失った人間は違うんだよ、俺たちは、当事者ではない。だから忘れてしまうんだ。報道だけして視聴率をもらって。立派な金をもらって。優雅な生活をして。被害者を利用して生きている。」
 理由はわかりません。わたくしの脳裏に、かつて繰り返し聞かされた言葉が蘇るのです。それらは、このわたくしも幾度も繰り返した、もしくは繰り返し考えたはずの言葉たちでした。それらが竜巻のように旋回し、その和室の窓からの場面に、二重写に重なっていく。
「被害者は、永遠に被害者のままだ。」
「いえ、でも先輩、わたくしにも考えがありまして。今回のことは色々考えた上でのことで。」
「いいか軽井澤。人は、忘れることができる、という奴がいる。それは嘘だ。忘れることができるのは当事者ではないからだ。当事者、つまり被害者であれば、忘れることなどありえない。死んだ家族を忘れる人間がいるか?ましてやそれが、自分の娘だったなどとしたら、どう忘れる?」
 それらの言葉は幾度も、まるで忘却への刑罰のようにわたくしを襲い続けました。どこかで忘れることを努力したわたくしを咎める様に、その罰が、まるで自分の娘に落とされたかのような目の前の映像に、わたくしは只々うなだれるばかりなのです。

文字
明暗
組方向