七十五 葉書計算 (御園生探偵)
しゃっくりのような音がして、二度寝したぼくはまた目を覚ました。
軽井澤さんがソファーの上で唸っているのだった。
何かの悪夢にうなされているのか、脂汗が酷かった。
僕は改めて体を起こした。トイレの前の流(ながし)で静かに顔を洗うと、冷蔵庫から今度こそと、目覚めの缶コーヒーを取り出した。
壁には、昨夜何度も並べ替えた葉書のアルファベットが虚しく並んでいる。
米田さんが僕らに指摘した事実として、これらの葉書は全て一括して埼玉の三郷という郵便局から送られているのだが、その消印の日付は、ただ、二日に分けて送られただけだった。
OCCEETRN ・・・六日消印
AAUKSW ・・・ 九日消印
八枚と、六枚とのグループ分けができただけに過ぎない。この文字列を並べるのはまだまだ同じくらい難しい。つまり消印という新情報の発見に喜んだ、我々の予感ーー順番に葉書が一日ずつ届いていれば、意味がわかるのではないか?という予感は雲散した。
我々は行き詰まり、寝落ちするまで答えを出せなかった。いつの間にか米田さんは帰っていた。
僕は驚くほど甘い缶コーヒーで眠気を振り払いながら、頭を整理し直した。
最初の文字を選ぶのに十四通りある。十四枚だから、最初に選ぶのは十四枚の中の一つしかあり得ない。
OCCEETRNAAUKSW の十四枚
のうち
A
を選んだとする。すると、残りが
OCCEETRNAUKSW の十三枚 (Aを選んだ)
となる。次に、二文字目を選ぶ。葉書が十四枚だから(一文字を選んだら一枚葉書は減ってるから)次の選択肢は、十四枚ではなく、残りの十三枚から選ぶことになる。仮にCを選んだとして、残りは
OCEETRNAUKSW の十二枚 (AとC を選んだ)
となる。次の選択肢は十二枚つまり、十二通りになる。
十四枚から、選び、次に十三枚から選び、十二枚から選び、と繰り返す。
だから、二枚までを選んで並べるのは、十四枚×十三枚通りの選び方があるはずだ。三枚目を選ぶときは十四枚×十三枚×十二枚という掛け算だ。
そうやって文字を並べるたびに選べる枚数は減っていくのだから、選び方は
14×13×12×11・・・という掛け算になる。たとえば、十枚選んで並べて仕舞えば、残りは四枚になってるはずだ。同じように、十二枚選んでしまった後は残りは二枚しかない。つまり最後の選択肢は二枚しかない。
これは、数学の世界では、
14!
と計算式で書くらしい。十四の階乗、という数式になる。つまり、
14!=14 × 13 × 12 × ・・・ × 2 × 1
になる。これを今電卓で計算してみると
87,178,291,200
となった。
870億通りだった。
レイナさんが言った通り、八百億だ。桁まであっていた。
僕は電卓を置いて乾いた笑いをさせた。軽井澤さんは未だイビキを続けている。
計算をしながら、昨日の米田さんの話を整理してみようと思った。つまり、八枚と六枚に分かれるとすると、じつは、パターンが変わるのだ。八枚の方の並びは
8!
になるし、六枚の方の並びは
6!
になるはずだ。計算をしてみると、
8!=40320
6!=720
だから、
8!×6!=2903万通り
となった。
「だいぶ減ったな。」
と、僕は小さく笑った。天文学的数字には変わりはない。一万通りだって無理だ。並べて文字を選ぶ想定がつかない。
タバコにもう一本火をつける。二千万通りを、並び替えていたら、一年くらい過ぎてしまうだろう。しかしなんだって、こんなめんどくさいやり方をしたのか。葉書一枚に書いて渡せばそれで良いではないか?わざわざ何故、このような悪趣味を行うのだろう?
僕は守谷の、脅しとも取れる言葉を思い出した。
「お前らは逃げられない」
その言葉は、おそらくこの葉書を見て、何かを読み取ったときに出てきた言葉なのだろう。守谷は明らかに怯えていた。その怯えこそが、この葉書の恐怖を端的に説明していた。実際に左腕を切断された男の顔には、絶望的な恐怖があった。