七十四 日比谷線 (銭谷警部補)
去っていく太刀川の背中を流し目した後に、わたしは車両の反対側を見つめた。そこには石原里美巡査が、ちょうど太刀川の後を追って席を立つところだった。
わたしを少し驚きながら見つめた石原巡査は
「銭谷さん。」
と、小さく声にして頷いたような気がした。駄目だよ、わたしに気づかっては、顔バレしてしまうだろう。先日の取り調べでの印象は薄いとはいえ今後もあるぞ。という言葉の中で、わたしはあえて石原巡査から目を逸らし再びリノリウムの床に目を落とした。少しして見上げると、石原里美巡査の太刀川を追う背中はホームに消えていった。
尾行を開始します、と言うメッセージが早速あった。
私だけ残された日比谷線はため息のような音をさせて走りはじめた。
霞ヶ関の六階に戻る気にはならぬまま、日比谷線を次で降りるか考えながら、ドアの上の路線図を見上げた。
(朝の地下鉄を、太刀川は継続しているーー。)
インターネットを全て切断した頃、彼は毎朝地下鉄に乗るようになった。六時過ぎの、客の疎らな朝にである。少なくとも三年前まで、私がまだ部下を使って調査をできた頃は毎朝だった。
今さっき、わたしを見つけるとわざわざ太刀川は隣の車両から歩いてきた。警部補と呼び捨てで、さまざまなことを語った。
わたしは、返す言葉がなかった。虚しい負け犬の表情をするわたしを、まるで権力者の表情で見下ろすと、太刀川は言いたいことだけを言って去っていった。そう。奴は理解している。わたしの立場が変わり、堂々たる捜査など出来なくなっていることを理解している。むしろ警察組織の中で今の異動や処分の寸前なのも知っているのかもしれない。
どこかで、諦めそうになる自分がいる。
刑事という仕事において、真実を追いかけることどころか、警察官でいることそのものを、だ。言葉にすれば無残極まりない内容だが、大凡そういう風に躁鬱の波の上下があり、酷い時は最悪の気分がやってくる。人間が歳をとりながら美しくなっていくなんて言うのは幻想で、年齢とともに負けて失う場面が増え、やがて見るも無惨になっていくのが本当である。でなければ都会はこんな絶望臭くはならない。
我ながら精神的な振れ幅がひどい。
そういう暗い波もあれば、昨日の石原のように未来を感じる後輩に出会い、自分の経験してきた物事を伝えるだけでやり甲斐を感じる自分もいるーー。
やはり、振れ幅が酷い。
現実として、真犯人を挙げられぬままの感覚が続くのは、刑事には厳しいものだと思う。権限もなくなれば確率は下がるばかりだ。敗者の白旗をどこかで隠しながら刑事を続けている、と誰かに言われれば、わたしはなんと言って返すのだろう。先刻のように、ただ床を見つめて無言でいるしかないのだろうか。
そういうことに耐えたくないから去ったのなら、金石の予見は正しかったと言える。いま、どんな反駁をしてもわたしが組織の外されものであり、あの頃のように部下を集めて何かをするということは容易ではないのだから。
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