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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 70 章 六十七 埋立地  (守谷保)

六十七 埋立地  (守谷保)

 守谷と呼ばれた男は塩臭い海風を吸った。
 その場所は最初、夢の島といわれていた。島はゴミを捨てる場所だった。東京湾でハエが大発生し、異臭騒ぎがあったがそれはゴミを無差別に捨ててきた結果だ。夢とは名ばかりの島だから誰も近づかなかった。
 そのゴミの印象こそがかつて<埋立地を目指した>理由だった。川だと近すぎる。不安が残る。しかし東京湾の沖で、ゴミを集めて土に埋めてる島はいかにも罪悪の痕跡を消し去る期待があった。
 守谷と呼ばれた男は夕暮れを待って池尻病院の部屋を出た。私刑で犯された全身が痛んだ。片足を引きずるようにしか歩けず、鉄の棒で穿たれた下半身がきつかった。駅までの道のりがこんなに遠いとは思わなかった。池尻大橋から田園都市線に乗り、案内や地図を色々と調べ、渋谷から新木場までりんかい線の直通があるのだと知った。新木場駅へ降り立った頃には夜は更けて、人もまばらであった。
 <東京湾から渋谷界隈までの地図(挿絵)>
 埋立地と言っても広い。
 細かい場所は思い出せない。
 ただ、大まかな区画と道路の設定は変わらなかった。二十年前に、刑務所を出た後<再び>行った時の記憶とはほとんど変わらない。<最初>に行った時とはまた違う印象であったが、そもそも<最初>に行った時の記憶は暗闇の中で陰ってしまってよく見えない。
 新木場駅からその場所はさらに遠い。海へ向けて歩いたが、痛む全身が辛くなった。
 すでに夜だった。
 大都会の喧騒とはまた違う。埋立地の不気味な海潮音や工業用地をいく車の雑音が冷たかった。
 懲役に行く前、三十年前、<最初>この場所に立った時、守谷はまだ未成年の少年だった。このあたりで必死に地面を掘った。ゴミで埋立てられた土壌にホームセンターで買ったスコップで穴を掘った。やはり記憶は暗闇の中で、光がなく、その前後をおもいだせない。恐ろしいことをしている感覚は、既に麻痺していた。ただ人間関係の中で、自分が捕まらないためにはとにかく深く掘らねばという気持ちだけだった。深く掘れば捕まりにくいという感覚は残っている。
 あの時の記憶が蘇る苦しさと昨夜からの現実の激痛とに耐えながらしばらく歩いた。闇夜の中にゴミ処理場なのかコンクリート処理などの工場なのかわからない建物が立っている。その前の道が海に向けて行き止まりのT字路になっている。
 (ここだ)
 男はゾッとした。
 覚えている。
 偶然と言うには恐らく嘘が混じる。守谷は忘れたつもりであっても、何一つ忘れられず覚えていたのだ。三十年前自分達が穴を掘った場所を。そして二十年前に今と似た心理で再び訪れた場所を。
 生唾を飲みながら、足を引き摺りながら、守谷は歩いた。
 漆黒の夜で、あたりには照明がなかった。人間のいない暗闇が広がっている。
 目の前のアスファルトの地面に光っているものがある。それは殴り書きに書かれたネズミ文字だった。
 殺順
 逃亡者殺ス
 傍観者殺ス
 仲間ヲ私刑許ス
 仲間ヲ殺ス許ス
 文字は二十年前と変わらなかった。心のどこかで守谷は予想をしていた。時間が解決できない同じ怨恨が二十年過ぎた今も変わらずに動いているのは確かだ。やはりそういうことだったのだ。
 周囲を見回すうちに守谷は呼吸が苦しくなるのがわかった。一度文字列を確認すると、急いでまずはその場を必死に去るしかできなかった。

文字
明暗
組方向