六十六 最初の悪夢(軽井澤新太)
それはとある監禁の場面でした。わたくし軽井澤が、何故か監禁をされていて大勢の目出し帽の男に部屋から出れぬようにされています。今は全身を縛られていて身動きは取れません。
一見、歌舞伎町のあのマンションを想像しましたが窓の隙間の外に辛うじて見えるのは民家です。そこはまだ昭和の香りのする一軒家の二階のような部屋でした。
悪意を堂々と隠さぬ人間たちに囲まれる恐怖は酷いものでした。一人きりで大勢の罪人、犯罪者に向き合うことの尋常ない恐怖にただ焦りました。誰かが昔言った、人間は人間が一番怖いのだと言う話を、強く思い出してます。
ただこれは、現実であるようにも、非現実的な夢でもあるようにも思われます。いや、わたくしは夢を見ているのではないか?事務所で寝落ちしたのではないか?まるで夢を夢として理解しながら、その夢から覚めずにそっと身を任せる感覚でわたくしは傍観しているのかもしれないと感じました。あまりに現実とは思えない状況だったからでしょう。
目出し帽の男たちは、やがて、私刑をはじめます。
わたくしは叫びます。
辞めてくれ、辞めてくれ。
凄まじい力で、わたくしの身体は押さえられ身動きは取れないばかりか、不都合に動いた場所には容赦のない鉄パイプなどでの殴打が入ります。骨を打つ音と、激烈な痛みが夢でありながら全身に伝わります。吐き気がきます。
それらの悪魔の時間が続いていくうちにだんだんと最初は夢か何か冗談だと思っていた自分が、ほとんど現実にこれが行われているのだと言うふうに変換していくのか分かりました。殴られ犯されるひとつひとつそれぞれが、現実の信憑性を高めていくのでございます
しかし、です。
しかしながら、です。
一つ不気味な気がするのです。
おかしい、と思うのです。夢であるということ以上に、この場面を何故か、わたくしは何処かで見聞きして知っているのです。知っていてそれでいて何か蓋をした記憶のように脳のどこかの抽斗(ひきだし)に片付けてあるのを知っている。
つまり、映像は、外部からではなく、どこかわたくしの内なる自意識からやって来ている。幾度となく脳が経験したものを、再生しているような感覚さえあるのです。
類似したドラマや映画の回想なのか?もしくは誰かに聞かされた物語か何かなのか?わかりません。しかし、わたくしはこの自分がまさに今ここで侵される私刑を予測しているのでございます。この恐怖は、これから何をされどういうふうに扱われるのかを「既に事前」に教えられて、「その事を知っている」かのような恐怖なのです。そしてもっと恐ろしいのは、そういうことを知っていながら、自分がそれを忘れようとしたと言うことも知っているのです。恐怖で精神が辛いので、日常の生活に思い出せないようにしていたような、そういう脳裏の空白地帯からやって来るのです。
身体中を縛られ、目隠しをされると大勢の不気味な男が代わる代わる、わたくしに、タバコを押し付け、棒で殴り、服を破り、言葉では書けぬようなことをして、わたくしを凌辱していきます。
悪夢です。
しかしそれは非現実の夢です。それもわかっている。あえて言えば、過去の何かがつながり合いながら、わたくしの脳の中で再放送されていく、という感覚でしょうか?
再放送。
放送?
その時、一瞬、私の脳裏に深く深く刻まれていた全く別の領域の何かが産声をあげるのです。そこにある人物がいます。それは私より年長の、人物です。
「映像使用認めてないだろ!止めろ!きさま!家族を殺された、被害者の気持ちを、考えたことあんのか?」
重低音の如く、別場面の声が、伴奏をしているようです。その人物の声が響く中を、わたくしは繰り返し私刑を受け続けます。
夜が訪れ、また朝がくる。日中がくる。そしてまた夜が来る。食う物を食えず衰弱します。夢の中で幾度も朝が繰り返されます。一週間、二週間と過ぎ、自分が殺されていくのだと、思っていく。
そうして目が覚める程度ならばわたくしはこのことを申し上げませぬ。過去のわたくしのササクレを集めた夢の一つ一つ語るには及ばぬ。そんなことを申し上げたいのではございませぬ。
問題はその後なのです。
ふと自分のことを鏡で見ることができる事に気がつきます。
自分が何かの力を工夫さえすれば、そちらに抜け、脱出できるような予感がします。窓の近くに鏡があり、うまく体を捻ればそこに、抜け出せるようなのです。まるで自分の体を置き去りにして、幽体離脱して部屋から抜け出るような感覚とも言いましょうか。これはシメたものだと思い、私はそこから、厳密には体をおいて、眼だけ抜け出していきます。
そうして、うまく脱出し、元いた自分の姿が見えるように、振り返りますーー。そうしてわたくしは、その姿を見て唖然とするのです。
リンチを受けている人間の姿は、恐ろしいことに私では無いのでございます!
「紗千!何でお前が??」
恐ろしいものをわたくしは見させられるので御座います。この陵辱され、私刑され続けるこの身体がよく見ると美しい少女であり、他ならぬわたくしの溺愛するたった一人の愛娘なのでございます。同時に、よく見るとなにか窓ガラスの外には誰かが、陵辱されているこの少女自身を愛して止まない誰かがいて、人間とは思えぬ形相・顔面で狂ったように暴れています。
それは、分断した国境線の鉄柵の向こうで、自分の娘の処刑されるのを慟哭して鉄条網にしがみつく、人間の父親の有様でした。そしてそれが、なんとこのわたくしの顔面ではありませんか?凌辱されてたはずのわたくしの骸が外にいて、わたくしの娘の紗千が私刑を受けているのです。そしてその紗千の父親であるわたくしは何も出来ずに狂人のごとく叫んでいるのです。その阿鼻叫喚の苦悶の表情の、恐ろしさと言ったら……。
わたくしは、あのように恐ろしい人間の顔面を見たことはございません。それが他ならぬこの自分自身の顔面と知りながら、恐ろしくて見ることもできないのです。
「殺すなら、この俺を殺せ!娘は解放しろ!早くしろ、殺すなら俺を殺せ!!」
その鬼の形相をした「わたくし」は怒鳴り続けます。夢の中のはずですが、自分でもわからない。わたくしは何もできません。ばかりか、逆に犯罪者たちは囁くのです。
「この手順にお前は覚えがあるだろう?」
目出し帽の男達は嗤いながらわたくしに語りかけるのです。
「覚えがあるだろう?」
「……。」
「いいか?お前は被害者になるのだ。知らぬ存ぜぬではなくなる。第三者ではない当事者になる。そのことで、本当の理解が叶うんだ。」
「……。」
「お前が求めたことが、こういうことだったはずだ。」