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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 64 章 六十一 続銀座 (太刀川龍一)

六十一 続銀座 (太刀川龍一)

「江戸島さん、先日、警視庁に呼ばれたんですよ」
「ほお。また何かしたんですか?」
「失敬な。ちがいます。」
「でもまた。」
「いやね。あの事件が終わった後も、ずっと私を追いかけている刑事がいるんです。」
「へえ。それも執拗ですね。もう随分と経つでしょう。結局事件にもならなかったものを今もまだですか。」
「まあ、そうですね。」
「……。」
 うっすらと、言っていいことといけない事があるかもしれないと言うような間合いがあった。どちらかというと江戸島の側が気を遣ったかもしれない。
「…まあ、ある意味変な刑事なのですかね。」
 江戸島がしばらく沈黙してそう言葉を返すと太刀川は
「でも、立派だと思ったんですよ。」
 と唐突に言った。
「りっぱ?」
「だって。全体の命令が終わってからも五年以上経ってまだ、当時の自分の確信なのか仮説なのかを失わす、何かをしようとしているのですから。現場として立派だという意味ですが。」
 太刀川は言葉を曖昧に省略した。江戸島会長ともなれば、事件全体がきな臭かったり、なにか不自然だった部分は感じているだろう。あえてその周辺まで会話をしたいとも思わない。
「その刑事はとにかく古臭いんですよ。なんていうんだろうなあ。嫌いではないというか。」
「古臭い刑事ですか。」
「懐かしい感じともいいますかね。古い日本ともいうかな。ああいう頑固一徹のような人間は。組織には迷惑かもしれない。今みたいに同調圧力の強い時代こそ、ああいう奇人にも活躍してほしいとは思います。」
「なるほど。奇人なのですね。」
「まあ、江戸島さんみたいな経営においては同調者がしっかり動いた方が良いんでしょうけどね。そんな変な奴ばかりじゃやりにくい。」
「嫌な言い方だな。」
「はい。結局僕みたいなベンチャーってのは、同調では何もできないんでね。新しい地平線は非同調からなんで。そういうヘンテコな人間なんですよ。」
「物はいいようだな。」
「何だか目の前の物事に不満ばかりなんです。自分で嫌だと思ったら、黙ってられないというか。世の中的には困った者だと思います。」
 大将が珍味の貝を、何かの説明をしながら置いた。警察絡みの話題になったせいか、二人とも会話の合間に料理の説明も上品に聞いた。
「ところで、太刀川さん。インターネットのない生活というのは、なかなかでしょう。」
「そうでもないですよ。」
「携帯電話もないわけでしょう?」
「ええ。人間関係は、会うだけです。」
「うむ」
「例えば、今日江戸島さんと次の約束をしなければ、もしかしたら永遠に繋がらないかもしれないですね。ネットで呼び掛けたりなんて絶対できませんから。」
 太刀川は、そう言って笑った。
「そんな中で、太刀川君はその才能は何に使ってるんですか?」
「才能があるとは思いませんが。」
「いやあ、十分才能があるでしょう」
「まあ、株を売った金は多少あるので、幾つかやっています。」
「事業か何か?」
「いえ、事業は懲り懲りですよ。」
「それは本音ではないと思っていますがね。ああ、以前も慈善事業も手がけてると仰ってましたね。」
「そうです。むしろそちらがメインで、少しずつ成果が出ようとしてます。今は、脳関係の案件を面白がってやっていて。そう、そういえばX 重工さんにも参加いただきたいものがあるんですよ。」
「医療関係に?お門違いではないですかね。」
「いえいえ。こういうのは、製薬関係みたいに関係する業者だと馴れ合いにしかならない。常識を飛び越えると面白いんです。利害関係なく人間の常識でやれば良いんです。」
「常識的に、ですか。まあ、世の中の常識を疑うようなことも多いですがね、昨今。」
「そうなんです。どの専門も、外部から見ると驚くようなことばかりなんです。先ほどの昭和の警察官の話と同じですよ。組織はたいてい、闇を持ってるんです。だから慈善が本当に困ってる人まで届かないことが多い。」
「なるほど。」
「ひとつ、ぜひ江戸島会長この件は早々に打ち合わせをさせていただきたいのです。」
「もちろん、いつでもどうぞ。」
「会社に伺いますよ、次は。」
「そうですね。秘書に電話でも、あ、電話もないのか」
「はい。」
「すごい徹底ですね。」
「いえいえ。番号さえ覚えればメモも要らないんです。気軽なものですよ。そう何人も相手したくないですし。意外とアポなしで怒られることも少ないですよ。」
 江戸島と太刀川の会話は尽きなかった。寿司がひと通り終わったにもかかわらず、酒も飲まず緑茶(あがり)で二人は語り続けていた。
 太刀川の会食は、二軒目に行くことをしないのを江戸島は知っている。過去の六本木の遊びに懲りたのか、もしくはそういう年齢を過ぎてしまったのか、太刀川は銀座の夜の街に繰り出す気配もなかった。
「遊ばなくなりましたよね。」
 江戸島はもう少し飲みたかったのか、そういう言葉を太刀川に投げた。
「そうですね。まあ、色々ありましたから。」
「このあとは?まっすぐ帰るのですか?」
「秘密です。まあ、銀座のホステスとか六本木でシャンパンを飲むような場所には行かないですよ。僕もまあまあ忙しいんです。」
「貴重な太刀川さんのお時間を頂いたってことですね。」
「そうですよ。」
「ぜひ、慈善事業の方もお願いしますね。会長にはきっと面白いと思います。ぜひ早々に、お話させてください。」
「ええ。ぜひ。」
 まだ二十時を過ぎたばかりだった。おおくの銀座の客がこれから次の店に行こうとする時間だったが、二人は気持ちよく別れの言葉を交わし始めていた。

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