五十八 勝浦の海 (レイナ)
軽井澤探偵通信社のリモート会議は行き詰まっていた。
レイナは顔も声も出さずに耳参加にして、トレーラーの運転席から、目の前の夜の海を見ていた。
南房総勝浦の海の闇が鳴っていた
ミュートをしているから、こちらの潮鳴は届かない。
軽井澤さんが幾つかの課題を整理して意見を語っている。
彼との出会いがあって、もう六年にもなるのか、とレイナは思った。
軽井澤さんとの仕事に感謝をしている。仕事を通して人と出会いがあり、たとえば米田さんや、御園生くんも含め、不思議な魅力のある人とも出会えた。人物調査やペットの捜索など、日々やってくる仕事はどれも味わいがあって面白いけども、実際に人間が人間と向かい合って、相手の魅力を肌で感じることが更に良いと、思う。
だが、今回は少し、いつもの仕事とは違っている。いつもの探偵仕事は、このような暗さはないと思う。こんな不気味な葉書が出てきて、謎かけのようなことをやるなどはなかった。普通なら避けたい仕事に思えるにも関わらず、軽井澤さんを助けたいと言う仲間が集まり、知恵を使おうとなっている。かく言う自分もその一人だとレイナは思った。そうさせてしまうのが、軽井澤さんの不思議な魅力なのだと思う。
夜の海は真っ黒だった。
空に星が見える場所があり、見えない場所は雲が動いていた。月はどこだろう。波が強く打ち付ける音だけが、絶え間なく続いている。
zoomの画面では引き続き、軽井澤さんらが深刻に語っている。不気味な、答えの出ないアルファベット。日常的ではない二人の男。猫の死体。左腕の切断。
レイナの中で少しずつ懸念が増幅している。
今回のこの仕事はあまりよくない方向に向かっている。
狂気には、触れない方がいい。
狂気は、狂気を呼ぶ。人間の中に眠る狂ったものを呼び起こす。
本来狂ってもいない人間も狂わせてしまう。
触れない方が良いのだ。
レイナは軽井澤さんや御園生くんには従来の仕事に戻って欲しかった。もしくは、いち早く、この問題を自分が解決して二人を解放したいと思っていた。二人をなんとしても、狂気の周辺、風間や守谷のいる場所から遠いところに移動させたい。
そういう否定的な気分の中で画面を見ていたとき、米田さんが消印の話をした。
葉書は一度に送られたものではない、という。
レイナは暗算を試みた。
あっと、思った。
八百億通りが二千万通りになる。
加えてその文字数なら、スペルの問題を新しく設定できるかも知れない。
MacBookで別の窓を開くと自ずと指がスクリプトを書き始めていた。