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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 60 章 五十七 事務所にて(御園生探偵)

五十七 事務所にて(御園生探偵)

 テレビ電話のレイナさんは自らの画面を出さずミュートしていた。
 軽井澤さんが、連絡をして、できる範囲で、つまり作業の片手間でも良いので、参加を頼みたい、と頼んだのである。それは調査が行き詰まった時にたまに使うやり方だった。
 我々は池尻大橋から戻り、風間の電話を待つべく事務所に向かった。マツダのキャロルを歌舞伎町に置いたまま事務所に戻るくらい急いだのだが、風間からの電話はいつになっても無かった。そのまま夜がやってきた。軽井澤さんと僕は少しずつ途方に暮れた。
 結果、レイナさんにも相談して対策をしようという話になった。レイナさんは快く引き受けてくれて、テレビ電話に参加をしてくれていたのである。
 軽井澤さんと僕は、一つ一つの葉書を並べ直し壁に貼り付けていた。
 風間宛 A A C C E E K N O R S T U W
 守谷宛 A A C C E E K N O R S T U W
 風間の葉書と、守谷の葉書を、答えを合わせるようにアルファベットが同じものをAから順に、合わせる。
 宛先が風間正男宛のものが十四枚。守谷保宛のものが十四枚。そして、枚数が同じ時点で予想されたことでもあるが、一枚一枚並べていくと、宛先以外、全て同じだった。
 手書きのアルファベットの葉書を白板に貼り並べると、ますます不気味だった。今朝、歌舞伎町から始まった異常な時間が、軽井澤さんと僕との間に、暗く漂った。死体同然の男。不気味な病院。そうしてそれらが、猫の死体や風間という男の方角にもつれ絡まっていく。
「しかし、全く同じ、とは。」
「そうですね。」
「さすがに、この二人が何も関係がなく無関係と言う事はありえないですね。」
 その通りである。むしろ関係がないと考える方が無理がある。
「しかしなぜ、我々になのですかね?」
 僕は、風間と守谷は、何か我々の事務所に恨みでもあるのかと軽井澤さんに問うた。そうでなければ、こんな風に二人が同じ状況で一つの探偵事務所に関わる説明がつかないからだ。
「どうでしょうね。少なくとも守谷については、この葉書を我々に見せる意思はなかったですが。」
「そうですね。」
「ただ、表現は違えど、自分を攻撃する存在よりも先に、ある意味この葉書の出し主を調べろという主旨で我々に迫ったのは二人共通しているかも知れません。」
「……。」
「風間は明確にそうでした。守谷も、葉書ではないけれども、襲撃した人間を知りたいと言っていた。もしこの葉書を隠していたなら、風間と同じようにもう少し時間が経ってから見せるつもりだったのかもしれないですね。」
「なるほど、しかし。」
 軽井澤さんのいう通り、この二人が繋がることは奇妙だった。安易に思いつくのは、この二人が元々何らかの利害関係者だ、と言うことだろうか。
 軽井澤さんはじっと僕の目を見たが、その後は何も思いつかない様子で空虚な室内を見まかせにしていた。パソコンの画面ではレイナさんが無言のままだった。ミュートで、顔も出していないが、こちらの声は聞こえているだろう。
「どうなんでしょうか。うむむ。」
「まったくの偶然、ということかもしれませんし」
「全くの偶然ですかね。偶然では起こりえない気がしますよね。」
「確かにそうですね。偶然に並ぶには文字列が多すぎますね。」
 軽井澤さんは、そう言って頭を抱えた時、僕はハッとした。Googleが創業以来ずっと人間の行動を追っていて、利用者をある一定のカテゴリ分けをしてると聞いたことがある。例えば行動や過去が類似している人間を、一つのカテゴリーとして二人の人間を括ったりするようなことがあれば……。つまり、軽井澤探偵通信の広告がこの二人にだけ出続けたような。人間としてこの二人を「同じ穴の狢」と判断した結果などがあったりするのではないか。Googleの方針が稀に不気味になるという記事を昔読んだことがあるのを僕は思い出そうとした。
 その時、だった。
 軽井澤探偵通信社の入り口のドアが何も音を立てずに突然開いた。僕は、なぜか、昨日の朝に事務所の前にいた、赤い髪に帽子をした怪しい女性が飛び込んできたのではないかと一瞬思った。が、違った。女性ではなく太めの男性だった。坊主に近いパンチパーマ気味の髪型に古めかしい、今時どこで売ってるのかと思うような、銀縁のメガネをしている。フリーランス調査会社の米田さんだった。僕が入所する前から、軽井澤さんとの古い付き合いがある人で、レイナさんと同じようにフリーランスで業務委託契約がある。
「おや、これは。」
 軽井澤さんと僕の表情が、だいぶ暗かったせいだろうか。米田さんは、我々の顔色と様子を改めて見つめ直した。
「ちょいと仕事帰りに、こちらのウイスキーでも舐めて帰ろうと思ったところだったんですが。お呼びでなかったからもしれませんね。」
 身長百八十五センチ以上ある米田さんは、狭い事務所を更に狭くした。僕は行き詰まった思考が更に圧迫されるのを感じながら、
「僕らが困っていることをなぜわかったんですか?」
 と、ちょっと若者らしく気を使った言葉を吐いた。軽井澤さんはそういう余裕のある表情はしていなかったが。
「あはは。そこまでの察知能力はありません。ただなんとなく虫の予感はしたかもしれませんがね。おお、これは、どうしましたか?」
 米田さんは、改めて壁いっぱいに貼り付けられたアルファベットの葉書を見て驚いた。僕は、まさにこれで困ってるのですという顔をして無言で頷きながら、
「レイナさん、米田さんが今事務所に来られまして」
 と、テレビ電話で参加しているレイナさんに伝えた。
「ああ、レイナさんですね。お疲れ様です。」
 米田さんがそういうと、レイナさんは返事ではなく、チャットの上で、いいね!の、ボタンで反応した。
「ありがとうございます」
 そうパソコンにお辞儀する冗談をさせながら、米田さんはじっと僕と軽井澤さんを交互に見つめた。その様子が普段とは違って随分おかしいのを感じ取っていたようだった。
「奇妙な葉書でも、集めてるんですね?クロスワードパズルか何かですか?」
「米田さん、僕らも結構困った状況なんですよ。」
「これはまた失礼いたしました。まあ、そうですよね。だいぶ行き詰まった様子はあります。なるほど私に今できることがあるか分かりませんが、脳みそをひとつ増やすまではできます。お呼びでなければいますぐ撤退しますが。」
 米田さんは、元ラグビー選手だったらしい。その割に指先が器用な印象で細かい調査だとか我々が調べ切れない官公庁向けの様々な人脈を駆使して時として軽井澤さんを助けている。実は入所二年目の僕は米田さんが、彼の仕事をどのように作業しているのかは詳しくはわからない。なんでも、軽井澤さんが前の会社にいた時から、受発注の調査等をお願いしていた関係だと言う。時折高額の支払いがなされているのは以前から気になっている。少なくとも今回の案件はそんな予算がある仕事だとは思えない。守谷は一円も払わず詐欺にあったようなものでもあり、風間は前金を本当に軽井澤さんに渡したのか怪しい。
「うむ。ジャックダニエルの余裕はなさそうですね。」
 米田さんは、いかつい顔をくしゃりとさせて笑った。巨体が揺れるようにして、狭い室内...

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