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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 六 章 三 説明難   (銭谷警部補)

三 説明難   (銭谷警部補)

 代わり映えしない、いつもの夜が訪れようとしていた。
「銭谷警部補は、なぜ、いつまでも彼を追うのですか?」
 太刀川龍一の帰ったあとになって、まだ二十代の小板橋健二巡査部長がわたしに向かって、そう言った。彼の更に下の、石原里美巡査が、会議室内のコップを片付けていた。小板橋は今時の若者らしい生地仕立ての良いスーツを着ていた。新人の石原は、就職活動で見るようなスーツだった。確か彼女は昨年異動で捜査一課にきたばかりで、今回の太刀川の対応に小板橋が参加させてくれていた。
「何故か。その理由が気になるか?」
「ええ。なにか、百戦錬磨の銭谷さん的なこだわりなどがあるのかなと。」
「うむ。どうだろうな。」
 百戦錬磨、というのは小板橋らしい言葉の使い方だった。本当の尊敬があるならそういう言葉は使わない。わたしは返答を探したが、いいものが思い浮かばなかった。あの太刀川龍一が警視庁の六階に来ると言って期待していたのだろう。にも関わらず、小板橋も石原も、時間を無駄にしたのは事実だ。
「まあ、勘でしかないな。」
「勘ですか。」
「ああ。刑事の直感だが。」
「なるほど。勘ですね。」
 小板橋が得意のパソコンを叩く。わたしと目を合わせるより、自分の側の画面を見ながらの会話だった。石原里美がわたしと小板橋の二人の間のお茶を取り替えた。
「太刀川は、会社を辞めたというけど、その手前で、明らかに何らかの意図的な動きがあった。」
 わたしは、そう静かに諭すように話した。
「まあ、そうでしょうね。それは、そう思います。」
「六本木事件が起きた利害関係の中にいたのは確かだ。事件性は両論あるにせよ、関連して死んでいる人間もほかにある。」
「本庁では事件性はないと判断したということですが。」
「……まあいい。つまりその死の点を繋ぐ場所に常に、太刀川龍一という男がいるのは、事実だ。」
「なるほど。」
 小板橋はパソコンの画面を見つめながら相槌を打った。わたしは見るべきパソコンがない。
「周辺人脈ともいうし、関係者とも言えるかもしれない。だが、そういう人間の関係は、時間がたった程度で消えたりはしない。」
 わたしが強めにそういうと、小板橋は理解してますよという表情で、
「パラダイム社、を辞めるまでは、ある程度そうだったかもしれませんね。」
 と言った。
「そうだろうか。」
「もうすでに、太刀川元社長は株も売ってますよね。自分が支配も出来ない会社になっている。」
「うむ。それはそうなのだが。が、しかし、古いものの見方かも知れないが」
 会話を始めながら、やはりと思った。この小板橋と言う男は、今日の取り調べで、直ぐにでも何か成果が出ることを期待して参加しただけだろう。太刀川が何かを吐いたならその目撃者になるだけで、大手柄なのだ。そうでもない限り、諸問題で停職勧告を受けたという噂のわたしに付き合う意味がないはずだ。
 わたしは、以前なら怒鳴るところを押さえた。こういう場面での議論や会話が得意なら、この若い小板橋巡査とも、適切なチームを組めたかもしれないが、わたしにはそういう宗教の教祖のような言葉の能力は無い。
 実はわたしには誰が告発したのかは不明だがパワハラ懸念の話が降りてきている。上司である捜査一家長からは言動に気をつけておけと言われたばかりだ。ハラスメントでの降格の沙汰が出るのは、もうそろそろなのかも知れない。そんな噂が回っていれば敏感な若者には、どこかに飛んでいく先輩への敬意が薄れても当然だろう。
「銭谷警部補」
 突然、石原里美が差し込んだ。
「申し訳ございません。こちら会議室が、5分ほどで、次の予約が入るようですので、お話し長引くようであればとなりの4番に移動されますか。」
「あ、僕はもう大丈夫ですよ。ここまでで大丈夫。」
 わたしの意向は確認はせぬまま、小板橋はそう言いながら、パソコンを閉じ始めた。やはり、わたしの人事の噂が、一定の効果を出しているのが態度の違いに現れている。
「しかしだな」
 そう言って小板橋をたしなめる言葉を集めようとした時、もうすでに、かれは席を立って去ったあとだった その言いかけの言葉を拾わさせられたように、石原里美がわたしを見つめていた。
「あ、ああ」
 ふと見ると、茶を片付けるのではなくわざわざもう一度、淹れ直してくれたのだ。
「ありがとう。」
「いえ。」
「せっかくだからいただこう。」
 既に、小板橋は大した挨拶もなく去っていた。石原は配慮がちに扉を閉じた。
 太刀川にしろ、小板橋にしろ、わたしの周りには最近、自分の年齢と合わない、理解の及ばないものが溢れている。捜査一課ではまあまあの実績を積み重ねてきたつもりだけれども、今の時代、人は過去を見たりはしない。現在、もしくは今後の肩書きだけが全てになる。
 わたしはタバコを吸う夢を見るようにして目を閉じた。もう少し汚い言葉が、脳裏に並んでいたが、辛うじてそれらは唇の手前で立ち止まっていた。そうしながら、わたしは、元々この捜査をわたしと組んでいた捜査二課のとある同僚のことを思い出していた。彼が辞めてなければ、こんなことにはならなかったはずだ、と、ふと思った。やつは、どちらかといえば、今の小板橋のようなやつを見て、唾を吐く種類の刑事であった。

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