四十三 青山の崖 (赤髪女)
赤髪女が再び、表参道駅をおりたのは十五時を過ぎた頃だった。
表参道交差点から青山墓地の方角へ歩き、パンダのような模様をしたプラダビルの筋を過ぎると、少し落ち着いた住宅街になる。そのまま、墓地の脇の坂を降りた。昨日の探偵事務所の前を通り、そのまま、赤髪女は墓地の茂みに隠れた。崖の上にうってつけの清掃員向けの作業小屋がありそこから事務所のあたりを見下ろせた。
午前に指示者からは二つの追加があった。
一つ目は、GPSの追加だ。風間ではなく、守谷、という人間らしい。守谷という男のGPSは新宿歌舞伎町で点灯を始めたのだが、先程から動きが増えた。落ち着かなかったが、最終的に今池尻大橋のあたりに移動し、少し落ち着いた様子がある。
二つ目はこの探偵事務所を更に調べろということだった。後者はある意味、赤髪女の予想し期待した方向に誘導されたとも言える。結果、GPSを探偵の車に設置したことが生きている。その車は今新宿の歌舞伎町にある。奇しくも守谷という男のGPSの青い点滅がはじまった場所でもある。
風間が探偵事務所に接触したことを報告してから、指示者の様子が変化した。指示者は赤髪女に、この探偵事務所の人間を調べろと言い出した。猫の死体に困った風間がこの事務所に頼ったというだけで、なぜ、探偵の尾行までするのかが赤髪女は腑に落ちなかった。
窓を見下ろして中を覗く。
事務所には人がいなかった。
無駄に大きな窓から中が丸見えの事務所だ。カーテンもしていないのは、北向きで日当たりも悪いからだろうか。
ただ、赤髪女は少し積極的だった。
素敵な探偵さんのいる事務所なのだ。
エリート商社マンのような溌剌とした美男子の探偵さん。
赤髪女は少し自分が艶めくのを感じた。
見込みで「シール」を貼らせてもらった事務所の薄緑の車は同じ場所にはなかった。履歴を見ると、車は朝にはもう移動していたらしい。今は新宿歌舞伎町にある。未だ出社していないのではなく、既に朝から社用車で仕事をしているらしい。赤髪女はあの美男子の探偵が早朝から働いている姿を想像した。
赤髪女は、社用車の位置が新宿にあるままなのを見て少し大胆になった。窓越しに事務所の中の物色を始めた。鍵はこじ開けなくても、これだけ窓をブティックみたいにガラス張りにしていれば中は見放題だ。デザイナー事務所と勘違いしているのか、世の中に隠し事がないのかは知らないが、随分開け広げである。
窓が大きい割には、事務所は狭かった。地震実験車が何かみたく、窓の外から室内の全てが確認できる間取りだ。真ん中に応接机と年代物の二人掛けのソファがあるばかりである。左奥の角に取調室の書記官の居場所のような小さな机がある。これが、あの美男子の机だろうかと、赤髪女は爪を噛んだ。右側は壁いっぱいが黒板の代わりの白い落書き壁になっていて、おそらく整理もされていない紙や写真が、マグネットで所狭しと貼られていた。
(男だけの事務所だな)
赤髪女はそう言う想像をしながら、室内の写真をできるだけ撮った。壁に貼ってあるものも全て、まずは写真にしておく。写真の枚数が指示者からの評価になるはずである。そうすれば収入をまた増やせる予感があった。