三十七 カレーライス (レイナ)
カレーライスが美味しいとレイナは思った。施設の食堂で、節子さんがカレーライスを作ってくれる日があった。理由はわからないけど節子さんが施設に来て、自分で作ってくれるのだ。
その施設の広い食堂の窓の近くのテーブルが、節子さんとのお話の場所で、カレーライスの日は、いつもここで二人で大盛りを一緒にいただいた。
「難しいの?」
レイナは主語もなく聞いていた。それはずっと、節子さん宛に繰り返している質問だったからだ。
「うん。」
節子さんは同じことを何度聞いても嫌な顔もしなかった。
「どうして?」
「そうね。まずね、誰かに自分を見せて、理解してもらうってことは難しいのよ。世の中のほとんどの人がそれに悩んでいるのだから。」
初めてのピアスを触りながら、少しずつ複雑な質問を節子さんとできるようになっていることをレイナは感じていた。
「どうして?世の中の人はどうして、気持ちを理解し合うのが難しいの?」
「だって誰にだって、気持ちがたくさんあるでしょう?」
「たくさん?例えば?」
「そうね、色に例えたら、青色の時も、赤色の時も、黄色いときも、人それぞれに気持ちの色があるでしょう。色も無限にあって、それでいて同じ人間もひとつもないの。誰かの気持ちを理解するなんて、本当にとてつもないことか、理解の勘違いをしてるかどちらかなのよ。勘違いをして理解したと思い込んだりする、そのほうが危ないのよ。」
「節子さんは?」
「おばさんは、もう歳とった大人だからね。慣れてくるし、理解できないことを諦めることも増えてくるというか、自分の色が落ち着いてくるのかもしれないね。若い頃はどんどん考えて悩むことができるでしょう?」
「うん。」
「そう。でもどんな色の自分でも受け入れてくれると判っていないと、自分を見せたいと思わないよね。」
「……。」
「みんながみんな、バラバラのものを理解しあうのはすごい時間がかかるし、次の日にはその人の気持ちが変わってるかもしれないでしょう?」
その通りだ、とレイナは思った。節子さんだけがこういう話ができる。他の大人ではありえない。
「だから、誰かに理解してもらうことよりも、自分が何をするのかを考える方がいいのよ。レイナさんには色んな才能があると節子おばさんは思ってます。だから、周りがどう見てるのかを考えるよりも、自分が何を出来るかを先にしてみようね。」
「自分が何ができるか?」
「そう。あなたにはきっと才能があるから。自分の得意で楽しいと思うことを見つけるといいわ。」
カレーライスの日は、こういうお話をするのが恒例だった。ご飯の上にあの香りが漂うと、レイナは不思議と心の扉が少し開く気がした。