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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 32 章 二十九 地下鉄  (太刀川龍一)

二十九 地下鉄  (太刀川龍一)

 朝陽が六本木の夜を乾かしていた。
 太刀川は、ヒルズ・メトロハットの横を抜けて、六本木通りからそのまま日比谷線へと降りた。六本木には地下鉄が二つ、日比谷線と大江戸線が乗り入れている。
 一度図面を見ると何でも記憶してしまうのである。太刀川の脳裏には。東京の地図に合わせて、高速道路の地図、水路の地図が重なり、歴史的な笄、角筈など江戸の切絵図から、明治大正昭和と移ろう街並から、路面電車と呼ばれた都電の路線図までもが詳細に重なっている。
 地下鉄路線図は特に頭に入りやすく、赤坂見附と永田町のように、別の駅だけども実質は地下で連結している駅だとか、地上からの階段が、JRとどう連結するかの類いまで、脳が面白がって記憶をしてしまう。その時代ごとの人流の円滑性や滞留を、予算の範囲で苦心した公共設計者らの、奥深い工夫を見るのも、太刀川には楽しみなのである。
 毎朝六時には六本木の自宅を出る。
 朝を歩く。
 テレビもスマホも見る事はなく始まる一日である。
 それは、人類がだいぶ前に忘れた喜びに満ちてもいる、と太刀川はおもう。小鳥のさえずりを聴きながら足を進める間に朝の陽射しが角度を変え、街の匂いが変わっていく。微妙な変化を感じられるようになったのは、インターネットを離れたーーあの五年前の頃からである。
 六本木の駅のホームに降り立つ。
 早朝の地下鉄は通勤客がすくないのが良いと、太刀川は思う。車内一両あたりせいぜい三、四人しかいない。日中はこうはならない。
 日比谷線を霞ヶ関方面に乗った太刀川は、あたりを眺めながら、様々な思索を続けた。
 ポケットに文庫本を一冊。あとは何も持たない。約束は全て頭の中だけにする。すべては心の中に描く。描ききれなければ、それで良い。忘れたら、忘れてしまうような内容なのだ。
 さて。
 太刀川は、今日の予定を思い返した。
 夜は銀座の会食まで未だ時間が余っている。
 それまでは、またゆっくりと東京を散策するだろう。
 太刀川は、他人事のように、そう思うと再び文庫本を開いて没頭した。

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