二十七 指示者の電話 (赤髪女)
「指示者」はいつものヘリウムの声だった。
「西馬込はどうだ」
「はい。風間と名乗る男ですが、西馬込の自宅を出た様子があります。」
赤髪女は答えた。
「ふむ。」
「不動産屋を回っています。五反田から青山まで来て、それから芝から有明の方に降りていっています。」
「有明?」
「はい。埋立地の方まで回りました。」
「ふふ。なるほどな。まあ、想定の範囲ではある。」
「想定の範囲?そうですか。わたしもよくわかりませんが、風間は今日一日、住み替えのために不動産を転々と歩いた様子があります。」
「なるほど。猫の臭いに苦しんだようだな」
「はい。それは、もう。今日のところは、少し内陸に入った錦糸町の安宿を見つけて泊まったようです。」
「錦糸町…。GPSは便利だろう。」
「ありがとうございます。」
「綾瀬のもう一人のほうはどうだ」
「そちらも、コンタクトを始めていますが、時間がかかっております。」
「……。」
「GPSは彼にはうまく設定を出来ずにおります。」
「警戒心が強いはずだ。無理はしないでいい。」
「はい。」
「綾瀬は、少し別のやり方を考える。そのことは模索している。そのために金を用意するから、届けておく。」
「金ですか。」
赤髪女は「指示者」の言葉がわからない時がある。知的な人間にありがちな、説明を端折ることが多い。しかし、それを質問するとヘリウムの声でもわかるほどに不機嫌になるのがわかる。
「GPSを付けられないのなら、別のやり方で位置を把握する、ということだ。そういうやり方を今考えている。金はそれに使うから、持っておけ。意味がわかるか?」
「は、はい。ありがとうございます。」
「以上だ。」
「ありがとうございます。」
「うむ。」
指示者は、納得したような間合いで頷いた。赤髪女は、金が届けられると聞いて引き続き仕事が続くことに安心した。実は金銭収入が増えたのを理由にまた覚醒剤に手を出していた。薬のためには今の良い条件での収入が必要なのだ。
「他に、何かあるか?」
「すいません。実は、一つ気になることが」
「なんだ」
「西馬込の風間についてなのですが。」
「なんだ?錦糸町にいるのだろう?」
「探偵に相談をしている様子があります。」
「探偵?」
「はい。」
「なんで探偵なんだ、突然。」
「指示者」の声が、なぜかそこで焦ったように赤髪女は感じた。
「わからないのです。それこそ彼に金があるとは思いませんが、風間は不動産業者を回る合間に、探偵事務所に寄りました。」
「うむ。」
「なんという事務所だ。」
「はい。軽井澤探偵通信社、という、西麻布交差点から青山墓地の方に入ったところにあります。」