二十四 芸能社長 (赤髪女)
薬が足りなくなると、いつも過去のフラッシュバックがくる。
いろいろな過去が襲ってくる
覚醒剤中毒者は、過去との戦いに生きている。未来など描くことができない。未来を描けるとすれば、キマった時だけだと、赤髪女は思う。
自分で言うのもなんだけども子供の頃は可愛かった。事務所に入ってアイドルみたいな仕事が始まった時も、普通に誰よりも人気があった。事務所の社長が自ら声をかけてくれて可愛がってくれた。それが贔屓目だったとは思わない。自分はあの頃、とにかく人気があった。
でも、人間には向き不向きがある。もともとアイドルが好きだったわけでもないし、芸を磨きたいと言う気持ちなどコレっぽっちもなかった。歌の練習も踊りの練習もおしゃべりの練習もSNSの練習もどれも興味がなかった。ファンの人とのコミュニケーションにも興味なんてなかった。
その事は事務所の社長にはすぐ伝わっていた。
それでも社長は優しかった。
もうすでに何回か芸能界でミリオンセラーを当てていて、引退したおじいちゃんのような存在だった。実際にもう年齢も八十歳位だったと思う。環境に適応できない自分に優しくしてくれた、と赤髪女はおもう。
父と母が離婚したころ、厳密にいうと、アイドルを始めたあの頃は父がいなくなったころで、母親に新しい男の人ができたあとだったと思う。新しいお父さんだよと母親に言われた時、自分が消えていくような寂しさがあった。自分の芸能界はそうやって始まった訳で、アイドルになる夢なんてこれっぽっちもなかった。
東京で一人暮らしを始めて、夜の街で遊びはじめて、いろいろな事を覚えていったけど、どこかで寂しさがあった。今でも何に自分が飢えていたり、なぜ寂しかったのか、はわからない。もしかすると今でも寂しいのかもしれない。
社長はそういう私を見ては、声をかけてくれた。
いろいろ気を付けるように、と言ってくれていた。
周りのアイドルの子もみんな同じようにそういう場所で未成年なのにお酒を飲んで遊んでいた。でも、正直いうと、そういうのも含めて芸能界にあまり興味がなかった。だから遊んでいても楽しくなかったんだ。社長はそこまで見越していたように思った。なんでも週刊誌にたくさんお金を払って、記事を止めたりしていたらしい。まだそういう事務所の社長が強い時代だったのかもしれない。
「君に向いてる仕事あるかもしれないよ。」
社長がこの話を初めて私にした日のことを覚えている。アイドルの仕事とか歌とかそういうのが好きじゃない私に対して真摯に目を見て話していた。君は約束を守るからね。口も固い。そういう人にだけ向いてる仕事があるんだ。
事務所のソファでタバコをしながら社長はゆっくりといったのを赤髪女は覚えている。
「約束を守る?」
「そうだ。」
「私が?約束を?そんなのなんでわかるの?」
「見てる人は、見てるよ。ちゃんと我慢ができるんだ。好きなことしかできない人間の逆なんだよ。」
「うん」
「我慢をしてるからね。この仕事は簡単な仕事だから。他の人に言っちゃっいけないよ。」
「うん」
「そうして、安定した時間を持てば、覚醒剤もやめられるかもしれないい。いいかい。覚醒剤は本当にやめられないんだ。」
社長は知っていた。遊び始めて、夜の街で私がどんなふうに遊んでいるかも。孤独に誤魔化して自暴自棄になっていたことも。そういうことも含めて心配していると、いった。
恥ずかしい話、最初は、社長に呼ばれて仕事を紹介すると言われた時、てっきり売春か何かの仕事かなと思った。
噂でそういう仕事があった。でも私はやっぱりいい社長と知り合ったのだと思う。社長はその頃もう病気が始まっていていろいろなものに、人生最後の優しさを与え出していたって、誰かが言っていた。人生の終わりにゆっくり、優しくなっていくんだと言う人がいた。
社長は私にその仕事をくれた。
その仕事は不思議だった。
突然歩いている時に紙袋が落ちている。
それを拾うと、紙にやることが書いてある。
それをやると、紙をまた拾う。どこかに行けとか、書いてあったりする。
またしばらくしてたとえばトイレに入ると、何か袋がある。
お金が入っている。
また、紙にやることが書いてある。。。
繰り返すだけ。
インターネットとか絶対に絡まない。電話もない。ただ、歩いていたり、コンビニに行く帰りとかに、いつも紙袋が多かったかな。
そして、オーダーは一定期間続く。一度始まると、毎日忙しいくらい。でもそれは一年に何度もない。
生活費とも丁度、リンクする。仕事も、仕事というより、封筒(おそらく、どう見てもお金が入っている)をどこどこの郵便受けに入れろとか、手紙を届けるとか、箱に入った何か(もしかしたら麻薬のようなものかも知れない)を、住所に届けるとかばかりだった。
そうやって、ずっと仕事をもう8年もしている。それが少し変わったのが今回の仕事からだった。
電話の指示になったのだ。
それは大きな変化だった。
今、赤髪女に電話をしてくる「指示者」はヘリウムガスの声で、決して名前は名乗らなかった。ただ、風間という人間のことを説明し、幾つかの電子器材を郵便ポストで渡してきた。当面この男を追いかけると言い、そして、猫の死体の嫌がらせを指示してきた。
不思議な変化だった。
加えてもうひとつ変化があった。それは、これまで何となく一定に保たれていた自分の収入金額が変わったのだ。最初はさほど気にならなかったが、時間が過ぎるにつれて渡される金額ははっきりと意識するようになった。
本当は、社長が生きていれば聞いてみたかった。社長はそういうことを、少しだけ、匂わせていたから。
「真面目に何年もやってると、少しずつ良くなる仕事だからね。どんな仕事も少しずつ、上に上がっていくんだ。真面目に続けることが大切なのだよ。」
電話が鳴った。
非通知の番号である。
ヘリウム声の「指示者」からだ、と赤髪女は思った。