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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 25 章 二十二 実験番号 #0298

二十二 実験番号 #0298

 僕が彼女を初めて見たのは、小学校四年の春のことだ。
 一学年で十クラスもあった小学校で、教室が四年のクラス替えで隣になったのがきっかけだった。当時、多くの小学校にはそれくらいのクラスがあった。1組だと10組の人間の顔を知ることは難しかったとおもう。
 通常発見する美しいものの列とは全く違う、段違いの美しさだった。休み時間に廊下を歩くだけで、あたりの空気は一変した。自分はいち早くそのことに気がついて、それを誰にも言えなかった。多くの男子生徒は気がついていたと思う。どのクラスかわからないが廊下を歩くあの女は誰だ、と。少しずつ、周囲に知られていく。話題になっていく。僕は、密かに彼女の美しさがどこかで有名になって欲しくないとさえ思っていた。
 小学生時代は、休み時間を廊下でなるべく過ごすのが癖になった。
 稀に彼女が僕の目の前を通ることがあると、それだけで一日が清く晴れ晴れとした。
 毎年クラス替えがあるのは知っていたから僕は密かに期待していた。けれども十クラスもあるのでそれは叶わなかった。小学校時代に一度も、自分は彼女に話をしたことがない。
 運動会や、体育館で行う学校全体の行事だけは、例外的に堂々と彼女を視界に置くことができた。廊下での盗み見とは違い、適切な理由をつけて自分は彼女の姿を視界に入れた。髪型が変わっただけで、何か新しいものを得たかのような気分にもなった。
「川田木は好きな子はクラスにいるのか」
 同級生の小林はそう言う会話が好きだった。
「そんなの、いないよ。」
「おれは秋葉がすきだけどな。」
「知らないな。何組だい?」」
「たぶん1組だな。ずっと端っこの方だ。」
「1組の人間まで調べてるの。」
「いやさ、通学路が近いんだ。」
「そうか。」
 彼女の通う方角については、校門を出てどちらに曲がるかくらいしか知らない。さすがに後をつけることはできなかった。ただ自分の自宅の方角ではなく、少し裕福な一軒家の並びのある街区のほうに帰っていくので、通学路で重なることはなかった。
「8組の三田村純子もすごい人気だな」
「……。」
「知らないか?」
 小林が下品な笑いの中で、気になる女生徒を並べた何番目かに、その名前が出た。三田村純子というのは彼女の名前だった。自分は聞かないふりをした。そうやって会話の材料になることで純子の存在が汚される気がした。
「知らない。自分はその子も、知らない。」
 そういうのが精一杯の対応だった。

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