二十一 タバコ場(銭谷警部補)
ToZ
本末の転倒。
飲みすぎは、やめておけ。
若者に迷惑をかけないようにしろ。
K
金石が辞めて、半年もしてから、わたしに差出人不明のメールが届くようになった。アドレスは毎回違う。問題のあるメールに見え、自動的に迷惑メールに振り分けられているのがほとんどだ。ふと気になって迷惑フォルダを開くと、何通も溜まっていることも多かった。一時季に数本のメールが来る。しかし、気がつくとほとんど来なくなったりもする。そもそも迷惑メールで削除されているのかもしれない。忘れた頃に数本がまた来る。
挨拶も、宛名も、なにもない。ましてや金石だという証明はどこにもないし、金石であれば当然記すべき内容、例えば突然いなくなったことへの説明もない。
ただ、本文から突然始まり、Kという文字で終わる。おおよそ他の人間では書けないはずのわたし宛の微妙な内容が記載されている。
便利な時代になったのだろう。こういう風に、一方的に好き放題に言葉を送付して会うこともしないで済む。それでも、本質的に奴のことが好きだったわたしには、たまに来るその文面の内容が不快だとしてもなんとなく開封してしまう。やつからかもしれないメールが着信していることが何かの癒しになっているのだろう。でなければ忙しかったわたしが、迷惑フォルダを暇を見て探すようなことなどしないはずだ。もしくは最近見ることが増えたように感じるのは、おそらく、例の問題(ハラスメント)のせいかもしれない。
今、わたしは二十年かけて積み上げた刑事の実績と、時間を失おうとしている。いや、もともと積み上げたものとか、成果実績そんなものは無く、ただのわたしの思い込みがあっただけなのかもしれない。若くして警部補だとか、捜査一課のエースだとか言う自尊心にもしてなかった言葉が、何故か今更、脳裏をよぎる。失ってから、初めて見えてくるものがあるのだろう。
「ここあいていますか?」
「ん?」
煙草場に自分がいたことも忘れていた。自席では仕事もなく、手持ち無沙汰で、このタバコ室にいることばかり増えている。机で昔吸えたタバコは、今は会議室でも吸えなくなった。
「お昼はご馳走さまでした。」
石原里美は、タバコの灰皿を見ながらそう言った。
「とんでもない。」
「女が吸うのはダメですか。」
「いや、気にならない。ただし」
「ただし?」
「妊婦には勧めないようにしている。」
「なら、大丈夫です。」
ライターを自分で取り出し、石原はタバコの火を灯した。
「自分一人で考えてみたんですが。」
そう前置きをすると、石原は、タバコの煙に載せるように、彼女自らの来歴を簡単に話し始めた。カレーでわたしが饒舌過ぎたせいで話しづらかったのかもしれない。もしくは彼女なりに午後の時間を使い、言葉を整理したのかもしれない。
彼女自身の説明は短かった。短く終わったせいでその言葉は彼女が思う以上に、清々しく聞こえた。銭谷警部補のやろうとしてることに共感があると言ったところで、タバコを止めてわたしの方を見つめた。素直な眼差しだった。
「もう少し太刀川の件についてお話をお聞かせ願いたいのですが、だめでしょうか。」
石原の表情は真剣だった。
「事情があり、すまんが少し場所を変えても良いか。」
わたしの人事界隈の噂は聞いているだろう、と思いつつその説明はしなかった。場所を変えたいという話だけをしてわたしは石原の返事を待った。
少しの間合いのあと、
「もちろん、どこでも構いません。渋谷でも新宿でも。タバコが吸えなくても良いです。」
と、快活な返事だった。
「ありがとう。」
「こちら、私の私用の番号です。チャットなどでご指示ください。」
「……チャット。」
「太刀川案件は、捜査一課の正規の作業対象としては時間を割きにくいと認識しています。」
「……。」
「ただもちろん、それをあえてどうするかという作業だと考えてます。なので私はこちらの個人携帯電話の方が助かります。」
石原はそれだけ言うとタバコ場を出て行った。