二十 愛娘 (軽井澤新太)
東京都の西の外れに近い小田急登戸の駅から河川敷を歩くこの道はわたくしの好きな空間のひとつです。東京の街で地平線を見ることなど難しいものです。ここまで地平線に近いものを見つけることができるのは、河川敷かせいぜい高層ビルからの眺めだと思われます。
河川敷と言うのは人間にずいぶんな視界の広がりを与えてくれます。この眼差しの広がりに、わたくしは束の間に心を癒やされております。ジムは風薫る河川敷の土手から階段を降りたいわゆるゼロメートル地帯と呼ばれる川面よりも下手すれば低いくらいの一角にございました。
その女性は、汗ばんだ表情でランニングを終えて、ジムに戻って来ました。
「おつかれさま」
「これからミット打ち?」
「うむ。少し今日はしっかり殴り込みたい。」
「あら。ストレスかな」
「大人の世界はいろいろあるからね。」
すこし軽装が気になります。わたくしからすると、これほど可愛らしい女性はそうそういないのではないかと思います。それでいて知的でもあるし、わたくしが言うのもなんだが同世代の男は放って置かないはずでしょう。申し遅れました。この女性こそが、わたくしの一人娘の、軽井澤紗千と申します。
「大学の宿題がたくさんだから、今日はパパとディナーは無理かな」
「やむをえないね。」
娘は、爽快にほほえみ、宝物のように思われている気持ちも知らずに、頓着なく手を振ると、土手に駆け上がり、帰っていきました。わたくしはいつものように、彼女が見えなくなるまで、こころのなかで、手を振り続けておりました。
考えに行き詰まるときに、わたくしはボクシングを致します。人間の身体には、脳では把握不能の防衛本能のような設計がされております。長い進化の過程で脳が科学的に何かを覚える以前から、身体は脳を守って来ました。考えに行き詰まるとき、身体的な何物かが脳内の点と点をつなげることがあり、わたくしはそれを閃きと呼んでおります。
ボクシングジムという場所は都内に少なくなったかもしれません。わたくし、軽井澤が好んでおりますのは、都心の富裕層が集う、邪まな筋肉美を互助的に、宗教的に製造させあうものではなく、ひと世代も昔のもの、郊外の河川敷あたり風が吹けば壁揺れるくらいの零細なジムでございます。そのような経営も稚拙な川沿いの体育的な運動用の薄手のバラックで、ミット打ちに来る大人たちのさなかに、ごくたまに、少し病んだように暗鬱とサンドバックを叩き続ける若者があります。若さという懊悩をそのまま闘争心に変えて、現行世界への不満を睨むかのように撃ち続ける存在があります。この手の零細なボクシングジムが時折チャンピオンを排出するのはそういう理由がございましょう。何者かへの不満を持つ青少年の横顔が、犯罪ではなく、このサンドバックに向かう姿にこそ、わたくしは、束の間の癒しを覚えるのかもしれません。この登戸ジムにもまさしくそのような感覚がございます。
探偵風情がくだらぬ叙情を申し訳ございません。かくいうわたくしも、遠い昔にそのような気分で叩いたこともございましたのでしょう。無論、そのような暗い青春は遠く去り、いまは、ただ、この世の大人の事情やら暗鬱やらに染まった自分自身を、少しでも雲散させたい一心で仕事の合間にサンドバッグを叩きに参ります。
幾つもの仕事を辛うじて前進させるのもこのような趣味あってのことかも知れません。ほとばしる汗が、わたくしの中の精神的な汚物を一掃します。そんなカタルシスのあとならば、嫌な仕事の電話でも、耐えうるものでございます。
この日も、おそらく誰よりも暗鬱にサンドバックをいたぶり続け、筋肉が疲れ果てるまでそうしていました。そうして弛緩した体で、ジムを出て土手の階段を上がり、広大なる多摩川の河川敷を見下ろしました。
人間は不思議なもので、身体の血流に合わせて精神というものが反応するようできております。更にはそういう気分が実際の運気を変えていきます。風香る草原や、長閑な界隈を拳闘に汗した体で歩くうちに、たとえば風間の鬱陶しい電話も、遠く去って行くのです。わたくし、という細胞の集まりがしっかりとした回復を身体に行い、そのまま精神の側まで癒されていくのをまさに味わっておりました。
まさにそのときでした。
まさにそのとき、世にも恐ろしい電話が鳴ったのでございます。