実験番号 TFU43212
僕はようやく二次試験が終わったところで本格的にブルーへ合流した。
誘拐の恐怖を思いつつも、まだ僕は彼女に命の危険があるとまでは思わなかった。むしろ、どこかで攫われて彼女の夜が奪われていることを想像した。そのことを思うと毎晩苦しく、眠れなかった。ただ、ブルーのような暴力で女性を攫ったりするような人間であるかぎり、僕は何があっても取り戻すべきだと義憤していた。男として存在する意味がそこにある。無論ここで戦わねば一生後悔するかもしれない。ただ、これを安易に聴き回れば、情報は閉ざされてしまうのもわかっていた。僕はとにかく芝居を続けた。たった一人ででも、取り返す。そういう決意を胸に秘めた。
二十六日以降はあっという間だった。
東大試験の翌日、僕はすでによくわからない遠征で抗争に参加した。誰よりも前面に出て勇気を見せた。相手はナイフのようなものを振り翳していたが、正直彼女のことを思うと、少しも怖くなかった。こういう場所で武勇を少しでも上げる事で、情報が取りやすくなるのは明確だったからだ。
「すげえな、かわちゃん」
山田はそう言った。物怖じしない僕を尊敬の目で見るのがわかった。
僕はある意味誰よりも暴走族の中で上り詰めるのが早かった。せいぜい二、三年しか所属しない暴走族の中においては、武勇伝で一気に状況は変わる、というのは予想の通りだった。
「幹部のHさんは褒めていたよ。」
そんな言葉がすぐにやってきた。勿論僕は少しも嬉しくなかった。組織の中で立場を登らせるのは嘘が一番判り易い。こいつらは嘘ばかりなのだ。でも僕には明確に急ぐ目的があったから、嘘も嫉妬も何も気にせず無心にそういう作業をした。
武勇の噂のお陰で、どんどんブルーの中に入っていく事になる。中心部に近づくと会話する相手も情報も格段に変化する。結果、彼らのやっていることが次々と明らかになった。恐ろしい組織だ。駅でカツアゲをしているのは一部のことでしかない。東京中で女子に声をかけている。無理やり車に乗せることもある。それを自分なのか上層部なのかの家に連れていく。一緒に酒を飲ませる。女性の方は嫌がっているし、怖がっている。それでも関係がないのだ。そういう会合にも駆り出された。
女性によっては暴走族に憧れがあるという種類もあった。そういう場合は見て見ぬ振りもした。女を連れてこいと言われれば、僕は割り切ってそういう女性を街で探した。実際に幹部の彼女になることをまんざらでもないと思う女性もいたのだろう。
ただ、正直三回目でもう耐えられなかった。吐き気で眩暈がするほどだった。こうやって彼女を誘拐したのかと思うだけで、頭が割れるようだった。まだ、抗争でナイフ相手の人間とやり合う方が気が楽だった。
そうして幹部の人間と顔を合わせることも増えた。
バックについているという暴力団だとかいう人間とも会った。喧嘩の方法や過去の喧嘩の自慢を大人が酒を飲んで語って教える。この暴力団の構成員だという人物が、立派な風を吹かしている。部活でいう、監督か何かのようだった。
目的が強くある僕は、そういう人たちに必死に、媚びるのを厭わなかった。もう受験勉強は終わった。時間はある。だからとにかく誰が、関係する情報を持っているかを見極めるまでは我慢して相手をするしかなかった。見極めた後、戦って事実を吐かせようと思っていた。正体を明かすのは最後でいい。苦しい努力だが、これは頭脳ゲームなのだ。
それにしても、話せば話すほど、暴走族の勇気は、僕は想像と違ったことがあった。そもそも勇気はないのだ。
ただ姑息な計算があるだけだ。彼らは何か強いものと戦いはしない。弱い戦わない人間を相手に選んでいるのだった。いや上に行くと立派な人がいるという体裁を取っていたけどもそんなものは嘘だ。方針は全くぶれない。勝てる相手、つまり弱い女性のほうにいく。それだけだ。何か映画で見た記憶がある戦後の貧困の中で弱者を守る代表などではない。思いやりがあるなら、罪のない女の子を漁るのを許さないはずだ。むしろ、親のスネを齧り、金も普通より持っている、勇気も才覚もない人間が看板を使って弱者を傷つけている。それが暴走族であり、暴力団だった。彼らは共通して山田のように自分の認められた場所がない気持ちを拾い、お前は負け犬ではないと自意識を鼓舞する。犯罪を犯しても助けるという空気をつくる。家出してきても居場所があるぞとそうやって不良少年を集める。
そうして驚くことにその暴力団は言う。
「俺らは警察も繋がってるからよ」
この言葉は宗教神のような迫力をもたらしていた。それがあるから、道行く女性に声をかけられる。誘拐が出来る。幹部のために女性を殴ってでも家に連れて行く。こいつらは弱いものを守るのではない。人間としてなんと愚かな奴等なんだ。
「基本は捕まんねえから安心しろよ」
「お前ら、ネンショー(少年院)行って心と体を鍛えた方がいいぞ。武勇伝をつくらないとだ。伝説ともいう。」
僕は許せなくなった。何が勇気だ。何が心と体を鍛えるるふざけるな。卑怯者が。
「何しても大丈夫だ。上と上で話がつくんだよ。警察も、暴力とは裏表なんだよ。」
僕には耐えられない言葉たちだった。警察と、このくだらない人間たちの上層部が連絡をしている。少なくともその連絡があると言っている。つまり、いま、僕のいる世の中には「弱いもの」を守るものはないのだ。弱い女性を誘拐したりする奴らに対し、守る人間は誰もいない、大人はみんな空気を読み、警察官もひとりひとりは気の毒だという顔をしても、実際には上層部に決定された癒着に従っている。