六 石原里美巡査
令和島を出て南青山にある軽井澤探偵通信社の御園生氏と合流したとき、私石原は銭谷警部補の指示に従い、大手町二重橋に自社ビルを構えるX重工にむかった。その会長である江戸島氏に面会をするためである。
じつは私石原は別の意味で驚いていた。
なぜなら四日前の九月十一日の朝、同じく大手町二重橋で地下鉄を突然降りた太刀川龍一が向かった面会相手は<江戸島>という耳慣れない名前のX重工の会長だったのである。つまり、予期もしないところで唐突に太刀川龍一が絡んできたのだ。
私石原はX重工の江戸島という未だ知らぬ人物のことを思う前に、むしろこの一連の令和島の殺人事件に太刀川龍一という存在が加わったことが混乱となっていた。令和島に我々を仕向けたのは、金石元警部補の可能性が高い。その金石元警部補が警視庁捜査二課時代に銭谷警部補と一緒に追っていた事件が太刀川龍一の関係する事件群であった。いま、令和島で三名もの死体を発見し、その関係者に会おうとしている状況で、全く別の角度から太刀川龍一という名前が入り込んできたのである。
そもそも令和島の事件には違和感しかない。
三人もの人間が殺された。その殺人に関係する奇妙な探偵ーー何かを守ろうとして冤罪までを覚悟する不思議な人間がいた。その軽井澤と名乗る探偵が突然名指しをしたのが東証一部の大企業の会長である。部下の若手ーー今隣に乗っている御園生氏も同じ意見だった。まさにその人物と数日前に太刀川龍一がなぜか面会をしているのである。
太刀川はメールどころか、電話番号も持たない。そう簡単には江戸島会長とのアポが取れるとも思えない。いったいどういう関係なのだろうか。むしろ元々の関係がないというほうが不自然にさえ思える。
二重橋到着。
朝の六時という早朝にもかかわらず、すでにベテランらしい女性秘書は出社していた。
女性秘書はあからさまに困ったような表情をしていた。
「会長は不在です」
「不在?」
「はい…。少し困っておりまして。」
曰く、通常だと毎朝七時から夕方まで江戸島会長は予定が断続的に続くらしいが、じつは昨夜遅くに本人から連絡があり、全て本日の予定はキャンセルになっているのだという。
「今日はお休み、ということですか?」
「はい。」
私石原は明確な防御の姿勢をとっている女性秘書に対して、ありきたりの説明をした。捜査の守秘義務があるということを伝えつつ、最速で江戸島会長に会う必要をかなり強めに繰り返した。ベテラン秘書は、人間が死んでいるというこちらの迫力に負けた感があった。問い詰めたところ、江戸島は昨夜から青山墓地にいる、と説明した。
「昨夜から、青山墓地?」
「はい。昨夜からずっとかは計りかねますが、今朝方電話を受けた時も青山の墓地にいると、そのように申しておりました。」
「青山墓地には何が?」
「……。」
「誰かのお墓があるのですか?」
言葉ではお互いに丁寧なままだったが私は殆ど暴力的な迫力で声を発していた。時間がない、ということが強く頭にあった。
「誰のお墓がありますか?」
私は声を大きくした。秘書は何かを了解したようにしたあと、
「…江戸島会長の奥様のお墓があると思います。」
「奥さんの?」
「はい。そうです。」
「昨夜から、ひとりなのですか?」
秘書はこちらの剣幕に、観念したようにして
「いえ、奥様の知人を名乗る方から昨日連絡があり、待ち合わせ場所に青山の墓所を指定されたのです。」
*
実に奇妙だった。
東証一部上場、いや、日本を代表する企業のトップが予定を全てキャンセルして亡き御婦人の眠る墓地にいるという。事態を飲み込めないまま、我々ーー御園生氏と私石原は車に戻った。時刻は六時十五分をまわっていた。
時間がないーー。
すでに一日が始まってしまっている。
殺人事件が三件もおきているのである。
鑑識を差し置いて死体に手をつけ、また捜査一課の誰にも報告さえしていない。とんでもないことだと言っていい。捜査一課、いや警視庁の中で許されるには、銭谷警部補のいう通り本当の犯人ーー軽井澤氏ではない、別の真犯人を何としても確保しなければならない。限界は午前中だろうか。いや、もう二、三時間しかないかもしれない。
真犯人は何故三人を殺したのか?銭谷警部補は犯人は軽井澤氏でもないし、遺族でもない、と断言している。そのことは理解はしたつもりだ。しかし真犯人への情報が少なすぎる。午前中などの時間軸でこの事件を本当に解決することができるのか。
時間がないーー。
三つの死体ーーー令和島を離れる前に細かく確認したが、生首はひとつはまだ体温が残り、一つは冷たかった。つまり二つの生首には、殺人の時刻に時差がある。もうひとつ、全身の死体には片腕がない。片腕は腕の根元から切り取られ、縫い合わされてもいる。この身体もまだ生暖かく、死後硬直をまだ始めていなかった。
女子高生コンクリート事件の少年三名が殺された事件が明るみになれば、どうなるのか。銭谷警部補の結論を聞かなくても明らかだろう。メディアふくめて国民全体の注目が津波化して、各所に押し寄せるのは間違いない。そうして最も罪のない存在ーー女子高生の遺族へもその矛先は向かうだろう。
私は銭谷警部補が軽井澤氏に語った言葉を反芻した。
<世の中が、軽井澤氏が恐れる状況へ向かってしまう。>
やはりこの殺人はそういうふうに計画設計されているように思えてならない。つまり、真犯人は意図的に、警察とメディアが暴走してしまうように設計しているーー。
まず、三人の死体が大胆に発見される。
その死体たちは三人ともコンクリ殺人事件の加害者、つまり昭和を震撼させた殺人事件の犯人だった。かつ発見された場所も”同じような”埋立地なのだ。
三十年前の事件。
昭和の事件が、令和のいまに蘇るのである。
それだけでメディアが殺到するのが明らかだ。
そしてその現場の惨殺状況からはどう見ても復讐という文字が生まれてしまう。生首。腕をもぎ取られた死体。彼らを脅す手書きの大量の葉書。CONCRETE WAKASU。三人をこの世の中で最も許せない存在は、誰か?ここまで残酷に人間を殺したいと最も思うであろう存在はどこにいるのか?世の中は勝手に思い込むことができる。一見すればそうとしか思えない。つまりそういう設計をしている。このままメディアに流されれば、世の中が求める映像は明確だ。世の中が求める映像の通りにテレビの人間たちが動く。
つまり、それが真犯人の狙いに思えるーー。
銭谷警部補の脳裏にはそういう想定がある。私石原も、その想定に違和感はない。しかし、肝心な問題が、解決しない。軽井澤氏もご遺族も違うというのなら、誰なのか?
真犯人は誰なのかーー。
イヤホンをしてハンドルを握ったまま私石原は再び銭谷警部補に連絡を入れた。
報告というより、細かい状況を共有しておかねば、一瞬の選択を誤りかねない。
「もうすぐ、江戸島と会えるはずです。秘書から青山の墓地を指定されました。」
「墓地?」
「今朝は早朝から墓地にいるのだとのことでした。」
「早朝から?こんな朝に?」
車は青山通りに入った。
「いや、江戸島会長の秘書によると、昨夜からプライベートの事情...