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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 220 章 五 御園生先輩とわたくし

五 御園生先輩とわたくし

 1
 御園生先輩は、怒っていました。
 テレビ日本ビルの六階の報道部の作業フロアです。常時社員も取引先含め数十名が出入りする鉄火場の奥の役員席に向かって
「被害者を実名にする、個人情報を開示する。その意味はなんですか?」
「御園生。黙れ。意味を考えて実名なんだ。」
「あなたは意味を考えてませんよ。柊城センター長。」
 御園生先輩が噛み付いていたのは、執行役員報道センター長という役職にある、柊城さんと言う人物です。
「考えているか、考えていないかは、御園生、お前の問題じゃあないだろう。この私が決めることだ。」
「いいや。あんたが考えてるのは視聴率。そうじゃないですか?風俗関係で実は働いた過去がある、っていえば、視聴者はチャンネルを離脱しないかも知れない。」
「その部分だけの話をしているんではない。物事を総合してだ」
「屁の理屈ですよ。編成にでも言われたんですか?」
「わたしの判断だ」
「編成ですよね?早川専務ですか?」
「御園生、いいかげんにしろ。決定事項だ。」
「編成に決められた。なるほどわかりました、あんたはもう記者じゃあない。報道で世界を正す記者ではなく、個別企業の収支を計算する編成マンだ。そう理解すればいいですか。」
 六階の柊城執行役員といえば、泣く子も黙る報道部門の出世者で、将来は社長候補のひとりとも言われていました。その人間に、衆前で文句を言う社員など一人たりともいません。いや、普通の人間、例えばあの当時のわたくしのような入社間もない若造がやれば、その月末にはどこかの地方局か、営業の窓際に異動になり、早々にテレビ局員人生が終わるのが目に見えております。
 だからこそ、御園生先輩と柊城役員のその場面は異質でした。社員や関係者の大勢を前にする報道フロアでの怒鳴りあいですから。例えばわたくしが入社以来所属した営業部門ではそんなことは一切あり得ません。上司が飲めといえば汚物でも飲み、食えといえばハンバーガー百個も口に入れた、そういう時代で御座います。それくらいわたくしの直属の上司の御園生先輩は特殊な人でした。
「軽井澤、いくぞ。」
 散々怒鳴り終えた御園生先輩は、黙って外出するのが嫌だったのか、そういう捨て台詞をフロアに吐いてわたくしを連れて場所を変えるのを毎度の常としておりました。わたくしは刑事部の記者として、駆け出しで、御園生先輩の下についていました。一事が万事、この勢いでしたから、御園生先輩は、多くの同僚社員だけでなく、他局の記者からも恐れられていました。いや、恐れるというより、畏敬を持って特殊な存在として見ていたというのが正しいでしょう。
 そうやって、役員だろうが編成だろうが、誰にでもモノを言うのには幾つかの理由が当然あったわけですが、営業局から異動したばかりだった当時の若いわたくしには、そんなことを知る由はありませんでした。
 新宿歌舞伎町のビルで火災があり四十四人が亡くなったときは特に御園生先輩は止まりませんでした。いや、これがこのわたくしにとっての、一番最初の御園生先輩の、最も激烈なる場面だったと思います。自分が夏の定期人事異動で営業局から報道部に配属されたその夏の終わりのことでした。
 新宿の歌舞伎町入ってすぐの雑居ビルで、火災が未明に発生しました。
 麻雀荘の廊下で火が出てその上の飲食店にも煙が上がりました。このビルの持ち主は後に消防法違反で長い裁判をすることになりますが、非常時の逃げ道というのがほとんど用意がなかった関係で、四十人以上が一瞬で亡くなったのです。燃え盛る下の階とは対照的に、大勢亡くなった五階の最上階は火災は発生しませんでした。下階から出た一酸化炭素で四十人以上が亡くなったのです。死体はまるで眠ったままのようだったと言われました。戦後最大のビル火災の一つとなりました。
 夜中の一時頃だったと思います。NHKが最初のスクープを行い、次の民放の打ち手が大切な局面でした。まだ報道のルールも知らないけれども、わたくしは異動する前の営業部門で
「放送局員たるもの、どんなことがあっても他局に負けてはいけない」
 という教育を受けていたので、報道で何をすべきかは何となく覚悟はしておりました。他局に負けることは、民放において最悪というのは、身に染みていたのです。
 緊急連絡メールで知らされ、わたくしはひとりタクシーで歌舞伎町に向かいました。現場に着くと、御園生先輩は既にそこにいました。
 恐らく一般人が携帯電話で撮影した映像を、NHKが内密に買い取ったのが最初でした。ガス室のようになった密室の雑ビルの出口のない四階と五階で、文字通り人間が死んでいく。断末魔の叫び声をあげる。密閉された窓や扉を叩く音。その現場は異様なものでした。ビルは歌舞伎町によくある、入り口の見えづらく奥を謎めかした構造の五階建でした。
 わたくしがついた頃には、消防が鎮火し、被害者を運び出す段階でした。黄色い規制線が敷かれ、その奥にはブルーシートが被さっていました。記者らは各々カメラを回し与えられた場所で背景にビルを映しながら、伝えうる情報を伝えていました。既に我がテレビ日本は遅れをとっていました。その時、突如わたくしの側にいた御園生先輩が凄まじい勢いで電話で怒鳴り始めたのです。
「他局はどうか?知りませんよ。他局がやればそれでいい?自主判断ないんですか」
「ーー」
「役員が?関係ないでしょう?四十人以上の命ですよ。」
 どうやら、先輩は、激しく社内の内勤デスクと電話をやり合っているようでした。先輩の言い分は凡そ以下のことでした。
 亡くなった方々は、どのような状況だったか?なぜ脱出できなかったのか?どうして一酸化炭素中毒がここまで発生したのか?ビルの防災の問題は?死亡者数など戦後最大級のビル火災だという事実などは、報道を競って先に行うことで良いけれども、この火災で亡くなった人間の名前を出す意味が無いーー。
 実はビルは風俗関係の店舗もあり、犠牲者や遺族に不名誉な影響を及ぼす可能性も当然ありえたのです。
 遺族は家族が死んだという事実でさえ地獄なのにテレビがその先に追加の煉獄を与えてどうする?それも、自社が脚元遅れたからと言って、視聴率欲しさに別の禁じ手を使うのはジャーナリズム以前に人としてあり得ないーー。
 おおよそ、御園生先輩はそういう論理で怒鳴り続けていました。
 亡くなった人間の中には、テレビ的に色のつけやすい歌舞伎町の飲食店での関係者の若い女性がいました。雑居ビルの火事というより歌舞伎町の風俗的なビルと嘘でも報じればテレビのチャンネルに立ち止まる人間が多いのは私でもわかりました。当時はまだ報道記者には、報道する内容に矜持があり、視聴率の匂いのする報道と、ジャーナリズムとしての成立は常に葛藤していました。当時のテレビ報道にはそういう不文なる「べき論」の壁があり各々の記者はその中で何を伝えるかに悩んだのです。御園生先輩はまさにそういう葛藤の最前線にいた報道記者でした。
 放送局は大きく分けると、編成と、制作・報道、加えて、営業に分れると思います。加えて営業、というのが少し強いニュアンスを持ちます。何故なら誰も放送局に就職するときに営業などを希望したりはしないからです。しかしこの営業こそが、...

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