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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 217 章 二 石原巡査の説明

二 石原巡査の説明

 令和三年九月一五日夜、東京湾の埋立地で、殺人事件が起きた。
 厳密には海面処分場と呼ばれる、まだ行政の登録も、帰属する管轄区も曖昧な埋立て最先尖の人工島において、である。
 私石原は警視庁捜査一課の警察官であり、この事件の第二番目の発見者である。別件の隠密捜査の最中にとある「情報」があり、捜査一課銭谷警部補と私は死体らに対面した。死体ら、と複数形で言うのはこの殺人事件の被害者が一人ではなかったのである。
 合計三名の死亡が確認された。三つの死体は埋立地に唐突に置かれたドラム缶の中に折り重なっていた。いや厳密には折り畳まれた死体はひとつしかない。残りの二つは生首であった。つまり全身の遺体が一つ、首より上の頭部だけのものが二つ、ドラム缶の中に置かれていた。
 我々より先に、この三つの死体を確認した人間、つまりこの事件の第一発見者がいた。私立探偵の軽井澤新太氏だ。氏はドラム缶の縁(ふち)に両手をかけ、自分の乗ってきた古い軽乗用車のドアも開けっぱなしにして、死体なのか地面なのかわからぬ辺りを見任せにし、呆然としていた。言葉を失ったもぬけの殻、という表現がとくに正しかったと思われる。氏の他には、おそらくドラム缶を運搬搬入したと思われる軽トラックが一台、ドラム缶の周辺にはセメントか何かの材料になる砂と砂利の袋が何か作業の途中のような形で落ちていただけである。見渡す限り広大な埋め立ての途中で、少し先まで行くと海面である。闇の先に、おそらく海水の場所だけが少し水面らしき光沢が揺れている。
 有り体に言えば、この軽井澤という人物が、殺人の容疑者であるはずだった。というのもこの人工島、本当の名前は令和島、は東京湾にまだ登記もされていない巨大な廃棄土の塊のようなもので、真っ平の地面と海面処分という名の埋め立て途中の海水面があるだけなのだ。埋立計画の都合上、島の外枠は最初に仕切りの護岸壁ができていてその区画の中に次々と東京中のゴミ処理物が投げ捨てられていく、そういう、海が大地に変化変質するような場所である。
 この令和島への入り口はひとつしかない。つまり、たった今、この私石原と銭谷警部補がやってきた中央防波堤方面からの一本の道だけ。これ以外、島に出入りする術はないのである。草木さえない平べったい埋立計画地に、軽井澤探偵の車と、我々の車、そして誰のものかは判らぬ軽トラックと、ドラム缶に入った三つの死体があった、という状態である。
 ものの見方によっては、この令和の埋立地は密室とも言えたから、我々が死体の現場に辿り着いたときに、すでに先着して呆然と立っていた軽井澤という男が容疑者になるのは当然である。そうして銭谷警部補が役割に準じて話しかけ問いただしたところ、すんなりと、
「それならば、まず自分を逮捕してください」
 と申し出があった。このため、早々にこの事件は三人の人間が生首など含め残酷極まる形で亡くなられるという非常に凶悪な殺人事件でありながら、幸いにも容疑者もいち早く逮捕という、短絡的な結末を迎えるものと思われた。
「銭谷警部補、おつかれさまです。まずは、本庁に連絡いたします。」
 わたしがそう言った時だった。銭谷警部補が
「ちょっと待ってくれ。」
 と少し余所行きの声で言った。そのまま、しばらく無言になったまま容疑者の探偵をじっと見つめ続けていた。私が混乱というか、よくわからない予感をしたのは、死体を見た時よりも、むしろその時からなのである。わたしは埋立地の冷たい海風を頬に受けながら髪の先が唇に絡むのを気にもせず、ただ、呆然としていた。
 銭谷警部補はこの事件を、まず、本庁に報告することを拒否した。殺人の現場で、鑑識を呼ばないなど前代未聞である。ばかりか、この探偵に手錠を形だけは嵌めながら、いくつかの少し長閑な質疑をはじめた。その質疑は、容疑を固めて、現行犯逮捕を進める目的とは言い難いものだった。つまり、ちょっと世間話のような感じなのである。
 *
 …銭谷警部補と私石原がこの島に到着したのは九月十五日の深夜、二十二時半頃である。新橋で乗り合わせた警部補に、半ば強引な私の金石元警部補による暗号の仮説に従って同行してもらった。実は銭谷警部補はある別件、所轄の槇村又兵衛刑事の失踪に絡む案件で、重要な状態であったがこの件を無理に優先してもらった。まずは、私の仮説の金石暗号を元に優先作業を行う。この島に何もなければ、所轄、つまりA署の槇村又兵衛刑事への殺人未遂行為に対する対応をするつもりだったのだ。
 しかし予想に反し、いや厳密には一般的な確率論に反し、この令和の埋立地には既に死体となった人間が複数、しかも無残極まりない形で発見されたのである。
 時間の順に説明したい。
 二十二時半、この島の入り口より我々は侵入を試みた。
 この島(海面処分場、もしくは令和島)に入る道路は、廃棄物関係の車両が通るだけの細いものが一本あるばかりである。この入り口の道路に突然、闇の中に地面で光るものがあった。蛍の大群かと驚きながら、かなりの速度で進んでいた私は急ブレーキで車を止めた。降りて見るとそれは、蛍光塗料を塗られた金属片、正式には撒菱と呼ばれるものである。撒菱というのは鉄条網に巻きつけられるような棘を持つ金属部品で、鉄の爪の三角錐である。かつては忍者が人の足の裏を刺すように作った。これが車のタイヤをパンクさせようと道路に撒かれているのである。車を降りてよくみてみると、一部の物は蛍光塗料が塗られているがそれ以外にも素焼きのまま見えなかったものもあり、車が走ればタイヤが割れるように道にばらまかれていた。
 つまり遅れて島に入るものをこの鉄の剣山で牽制したのである。本当に入らせないのならば一部にだけ蛍光を塗る手間は取らないだろう。恐らく時間を稼ぐために、手の込んだ蛍光塗料の作業までして、ここに仕掛けを撒いた可能性があると言えた。
「普通じゃないな。」
 銭谷警部補は助手席でそう静かに言ってから、私石原と一緒に撒菱を退かす作業を行った。車一台分ほど通れれば良いと考えて地面で作業を開始した。しかし良く闇の中を見ていると、既に撒菱が退かした狭い二本筋がある。つまりその二本筋こそが、恐らく軽トラックか、探偵の軽自動車かどちらかが先に入った車輪の跡だったのである。いずれにせよ、我々は先に侵入しているものがあることを、この時点で警察官らしく覚悟をした。
「銭谷警部補。中に進みますか?」
「もちろんだ。」
「承知致しました。少し車輪幅が違うので、念の為もう少し撒菱を退けますね。」
 埋立地と言っても広大である。恐らく羽田空港を超えるくらいの広さの海面を埋め立てていこうとしている。闇の中に照明などはないが、京浜工業地帯や羽田空港の照明灯が月夜のように照らすせいで海面がゆらめくのが感じられた。反対に海面処分場は、水面の動きのない土が広がって真っ暗な闇となって本当に何も見えないほどに黒々としていた。
 私は殺意がこの島にあるという暗号の仮説を思い出しながら、視界の覚束ぬ無人の闇を進んだ。殺人者がどこかにいて今にもこちらに向かってくる、という恐怖があったのは言うまでもない。
 かなりの距離を闇の中進んだ、おそらく島の真ん中を過ぎて来た辺りで小さな車が車上...

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