一 御園生氏による事件当日の朝の説明
僕は結局事務所に泊まった。なんだか不安が強く、軽井澤さんが事務所に戻ってくる気がしたのだ。そうして例によって放置したままの通常の業務の対応をした。僕はずいぶんな速度で処理を進めた。この一週間が異常すぎたのもあり、日常の仕事がとにかく簡単に思えた。
深夜の何時だっただろう。電話が鳴った。僕は軽井澤さんだと思って出た。
「警視庁です。」
女性の警察官は、突然そう言って自己紹介をし、僕の身元を電話越しで確認してから、なぜ電話しているのかを説明した。
「所長の、軽井澤氏が逮捕される可能性があります。」
衝撃的な言葉は時として意味が伝わりづらい。
「どういうことですか?よくわからないです。どういう意味ですかね。」
「逮捕、というのが唐突かもしれませんが、非常に危険な状態と言えます。いやこの際、時間もないですから、単刀直入に申し上げましょう。軽井澤氏は現在、とある殺人の事件の最重要参考人になっているのです。平たく言えばこのまま何もしなければ、容疑者となりますし、殺人罪で起訴される可能性もあります。」
「殺人で起訴?」
「そうです。」
とにかく協力をしてほしいと。心当たりを教えてほしいというのがその石原と名乗る女性警察官の話だった。おかしな話だった。逮捕されて重要参考人なのなら、警察は淡々と進めればいいじゃないか。
「軽井澤さんが、なにかの殺人を自白したんですか?失礼ですが、軽井澤さんは人を殺したりすることとは最も遠い人間です。正直信じられません。警察官だということですが、お会いして説明をお聞きしたいです。」
僕がそう言ったとき、事務所の前に、赤いランプを屋根につけた車が停まり若いスーツの女性が暗闇に躍り出た。事務所の入り口の方まで足をすすめながら、電話とおそらく同じ声で、
「御園生さんですね。電話は私です。警視庁捜査一課石原と申します。」
といった。
*
「三人も?」
女性の警察官は休む間もなく事務所前で手持ちの地図を広げました。どこで、何が起こっているのかを僕に説明を始めました。
「今湾岸署の管轄地ですが、死亡が確認された三名の目の前に軽井澤さんはいました。この島は、つまりこの埋立地を島と呼んでいるのですが、海面最終処分場と言って、まだ建物を建てたりする前の盛り土を持っている程度の状態です。つまり誰も居住者がいない平地になります。そこに死体と、軽井澤さんだけがいたのです。」
「一体でもなんで、そんなところに。」
僕は頭を抱えたが、正直先日からの軽井澤さんの特殊な状態を考えるとなんとも言えなかった。あの病的な表情を思うと、何か人に言えない事情の中でそういう場所に向かう結論に至ったのかもしれない。あの不気味な葉書の怨念と、三人の人間が殺されているということ自体が、何かつながりを感じもした。
「いくつかお聞きしてもいいですか?」
石原と名乗った女性警官は、僕を見た。用意している質疑があるらしい。
「軽井澤さんは、元テレビ日本ですよね?そして、彼と、あなたのお父さんも、同じ元テレビ日本にお勤めだった。今回の件について何かご存知ですか?」
唐突な質問だった。父が関係する?警察は一般の国民の個人情報をどこまで把握してるのだろう。
「父のことは知らない、です」
僕は、戸惑いながらそう返した。
「軽井澤氏のいくつかの事情については、ご存じでしょうか。」
「事情?」
「はい」
「知りません。前職で父が一緒だったことさえ、ほとんど知りませんでした。軽井澤さんがテレビ日本をやめた理由も、プライベートなことも会話したことがないです」
「ご家族のことも?」
「そうですね。さほど。」
「娘さんのことも?」
「ええ。一緒にボクシングをしているくらいなら」
「昔ですか?」
「いえ、最近もだと思います」
そのとき、石原と言う刑事は僕をじっと見つめた。
「先週もいきましたよ。」
僕は、その時、少し投げやりに答えた。このような状況ではじめて、悲しくなるほど軽井澤さんのことを僕は知らないのだと思った。家族のこと、といっても娘の紗千さんや奥さんには会ったことはない。ただ話で聞いていただけだ。女性警察官は、
「そうですか。」
とだけ言って、煙草を吸いたそうにした。僕は灰皿をと思いながら警察官を事務所の中に案内していつも軽井澤さんの座る席に彼女を座らせた。
「ここ数日の所長のーー軽井沢氏の様子を聞かせてほしいです。例えば、日常と何かが違ったか?など。混乱がありましたか?明らかに?様子がおかしいとか?」
「おかしい、といえば。そう思うことはありました。」
「なるほど。」
「ただ、軽井澤さんがおかしかったというのではなく、実は、そうなってもおかしくない奇妙なことが連続したのが原因だと思います。つまり内的というより外的な。」
「外的なこと、ですか。」
「ええ。」
僕はそこで、この一週間にあったことを正直に全て話した。なぜなら、全て話すことが、真実に警察を向かわせることだと思ったし、事実が明らかになれば、軽井澤さんの殺人などというありえない誤解を解消できると思ったからだ。三人も死んでいると、女性警察官は言っている。
「軽井澤氏のご家族のことは本当にご存じないのですね?」
「一人娘さんを大切にしている、ということくらいですかね。」
「……。」
「それくらいです。」
女性刑事はなぜか家族のことを繰り返して聞いた。ただ、伝聞程度でしか僕が軽井澤さんのプライベートは知らないということを理解すると、話は事件の話題に戻った。
話すべきことはたくさんあった。猫の死体に困った風間という男が問い合わせてきたこと。守谷という人間が片腕切断の状態で私刑されていたこと。そこに絡んだ葉書があったこと。葉書は彼らには暗号か何かのようで、彼らなりに苦しんでいる様子があったこと。その中でこの二人が共通して話題にした(レイナさんの手前、検索語句を調べたとはいえなかった)事柄として、とある人物ーーー江戸島という上場企業の会長がなぜか存在したこと。軽井澤さんと僕でその人物に会いに行ったこと。その際に、僕にはわからなかったが、軽井澤さんはある事実を見たと言ったこと。その事実は今でもわからないが、江戸島という人間の、葉書への反応についてだったこと。さらにはその江戸島を探偵として僕が尾行をして、明確に違和感ある動きがあったこと……。などを事実を早く警察に刷り込む一心で話した。
「その葉書が、これですね」
勘のいいらしい女性警官は壁に僕がコピーを貼り付けて並べていたのを指差した。
「そうです。この十四枚がその二人の男に送られていたのです。」
そこで石原巡査は少し、何か思うことがあるような顔をしたが、しばらく躊躇した後、
「江戸島というのはX重工の江戸島会長のことで間違い無いですね?」
「はい。そうだと思います。」
「江戸島会長に明確に違和感ある動きがあったというのは?」
と質問を重ねた。
「埋立地で少し不自然な動きがあったのです」
「埋立地に?」
「はい。不思議な動きでした。若洲という場所で。」
「若洲。」
そう言って、女性警察官はもう一度地図を広げた。
「軽井澤容疑者が、いや失礼。軽井澤氏が発見されている現場は、ここです。」
「海の上ということです...