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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 210 章 二百五 GPS (軽井澤新太) _

二百五 GPS (軽井澤新太) _

 わたくしは、尾行をしてきた赤髪の女性に幾つかの理由を説明して、その埼玉の駅で降りてもらいました。
 ただ一点、GPSだけは預かりました。いつかお返しするという前提で赤い髪の女性に連絡先を尋ねましたが、答えずに俯きましたので、詮索はせず、この一連の追跡が済んだら返すから、もし困るなら青山墓地の事務所に取りに来てくれとだけ言いました。
 守谷のトラックが止まったのは埼京線の与野本町という駅でした。ふと、突然あれと思いました。どこかで見たことがある景色だと思いました。遥か昔、前職の駆け出しの頃わたくしはこの駅に来たことがあるのです。報道記者の先輩である御園生さんと待ち合わせたのがこの駅だったと思います。駅は二十年以上も前とほとんど変化はなく、高架をいく埼京線らしい線路下の一ヶ所だけの改札で、駅前に商店街はなくタクシー乗り場にタクシーが一台だけあるだけでした。その少し先に守谷のトラックが駐車しています。追憶と偶然とに混乱しながら、わたくしは守谷の軽トラックを、ゆっくりと遠巻きにロータリーを一周して運転席を盗み見るのも定期的に繰り返しました。その度に軽トラックの運転席に、もたれたまま眠る彼の横顔が見えました。昨夜から一睡もせずこのドラム缶やらセメントやらを運ぶ重労働で疲れ果てたのか、意識を失ったかの様子で眠っておりました。
 わたくしは悩みました。今守谷の胸ぐらを掴んで問い詰めても、シラを切るのは目に見えています。のらりくらりと歌舞伎町や池尻の病院であったことの繰り返しになるでしょう。そもそも目的なくドラム缶やトラックは用意しないはずです。目的に近づくまで、もう少し泳がすべきだとわたくしは覚悟しました。
 尾行をしていた赤い髪の女性が帰り、残されたのは手元のGPSと守谷のトラックと微妙な追憶だけになりました。時間が空いて仮眠でもするものなら、またあの苦しい映像が網膜に再来する気がします。なにかに焦ったわたくしは、昨日電話の途中になってしまったままずっと気になっていた御園生くんに電話をかけました。
「もしもし、軽井澤です。」
「軽井澤さんですか?」
「何度も連絡をいただいていました。大変失礼しました。」
「心配しました。」
「…本当に申し訳なかったです。」
「いえ。なんとかこちらは進めています。はい、今日は江戸島は会ってくれなかったんですが、彼を昨日乗せた運転手さんと一緒に、同じ場所をたどっています。」
 こちらの都合で電話を無視したにも関わらず、いつもと変わらず快活な声で御園生君は話します。
「今まさに動いていることはですね…。」
 御園生君は、改めて電話口で今日一日の調査のまとめを話しました。彼なりの仮説も混ぜながら要点を言葉にします。その説明には、わたくしは驚きを隠せませんでした。的確な調査が、誰の指示も受けることなく進められていました。
「ありがとうございます。本当にここまで進めてくれて申し訳なかったです。本音を言えば、この怪しい風間や守谷の作業には御園生君をそこまで関与させたくなかったのですが、江戸島についてかなり進んだのは御園生君のおかげです。そうか、やはり江戸島は関係者であることは間違いなさそうですね。御園生くんーー。ここまで、本当に、ありがとうございます。」
「いえ、軽井沢さん、僕はそんな負担になってないです。むしろ自分でも気になったので調べたかったんです。」
「そうですか。」
「大丈夫ですよ。軽井澤さん。普通の仕事です。むしろ僕が調べた中で気になったことはありませんか?」
 わたくしは幾つかのお礼と労いの後、御園生君のかなり長い説明の中で最も気になった点について質問いたしました。
「ご説明いただいた中で言いますと、つまり、江戸島は昨夜、その埋立地の道路に書かれたと思われる何かの文言を消しにきたのですね。」
「はい。それは間違いないと思います。葉書と何の関係があるかわかりませんが、我々が二重橋を訪問した後の外出から江戸島会長には奇妙な動きがあります。訪問した最初の夜は、今思えば、この埋立地の方角に一度向かったのです。銀座で寿司を食べた後に晴海通り、つまり銀座からこちらに向かう真っ直ぐの大通りを、有明まで向かいました。その先にこの埋立地があるのです。そうして何故か有明の手前で引き返した。そこで今思うのは、その時は役員車でしたが、翌日は青山墓地でタクシーに乗り換えました。もしかすると会社の車で、この埋め立て地に向かいたくなかったのではないかと、考えさせられます。」
「なるほど」
「軽井澤さん、僕が今いる場所を正確に、GoogleMapで送りますね。場所は江東区の海の上というか埋立地です。電車で来るには有楽町線か臨海線で、新木場まで出なければなりません。駅から歩くには少し遠いです。とにかく海の方角へ、東京湾の沖合に向けて埋立地を突き進むとでも言いましょうか。ほとんど埋立地の終わり近くになります。と言っても砂浜もなければレストランもない、何もないんです。工場に向かうトラックや作業車の駐車場が広大に場所を取ってて、あとは工場ですかね。見てください。電信柱がここで終わっています。」
 御園生君はそういって、今いる場所の地図や、周囲の写真を何枚かメッセージで送ってくれました。写真で見てもわかるくらい、人間の気配のない寂しい夕闇がそこにありました。人間の生活らしい光があるのは遠い海向こうの新橋や銀座の高層ビル群の照明ぐらいでしょうか。
「軽井澤さん、恥ずかしながら僕は分からないと言いましたが、やはり、江戸島は間違いなくあの日から、様子を変えていたんだと思います。行動に違和感があります。その上でこんな異様な場所にきて、アスファルトに書かれた何かを薬品で擦って消していたのです。身内の車では見られたくないが故に、タクシーに乗り換えまでして。そのまま同じタクシーで代々木上原の方面まで乗りましたが、用心してなのか、自宅の前ではなく駅前で降りたようです。」
 御園生くんの自主調査は素晴らしいものでした。
 ただ、わたくしは新しい情報を有難いと思う反面どこかで、御園生君にはもうこれ以上関与をしないで欲しいという思いだけを強くしました。むしろ、会話の途中からは上の空にさえなっておりました。上の空というのは聞く意思が無いのではなく、むしろ自分がこの数日間悪夢に侵されたのと同じく、精神が現実に定まらず別世界に持っていかれ目の前を掴めない感覚になっていく、というのが正確な表現です。
 わたくしはそこまで動いてくれた御園生君に辛うじての礼だけを振り絞って述べると、結果的には言い訳を並べて御園生君の電話を切りました。それは御園生君という人格に対しいかにも失礼であり非常に自分勝手な対処だったと思います。
 *
 江戸島は何らかの形で関わっている、というのは実はある切り口では辻褄が合います。というのもこの復讐劇にはどう考えても、金がかかっているのです。GPSもしかり、赤い髪の女性も然り、守谷や風間に対しても人間が複数動いています。そういう作業には金が必要なはずです。そして金が前提となる方向性は二つしかありません。
 ひとつは、命をかけてお金を用意した場合です。お金を持たない人でも命ーつ、つまり死を前提として金を用意するなどの最...

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