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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 209 章 二百四 再本郷(石原里見巡査)

二百四 再本郷(石原里見巡査)

 本郷文庫の前で石原は立ち尽くしてしばらく並んだ古本の背表紙の列を身任せにしていた。
 金石元警部補が銭谷警部補に送ったメールの頭文字を時系列に並べると
「本をよめ
「郷に入っては
「文学
「孤独
 となる。そしてこの場所で、太刀川はいくつかの古本を手にとっていた。少なくとも数分間の時間をかけて、今石原が見つめている文庫書架を同じように見つめていたーー
 ここで一体何をしていたのか。ここが太刀川龍一どその協力者との連絡の場所なのか?インターネットを使わないアナログの伝言板としてこの場所を使っているのか?金石元警部補のメールと太刀川龍一がなぜここで重なるのか?銭谷警部補が今電話で言った、自殺未遂?している老刑事が双方に関連しているというのはどういうことなのか?
 小さな震えがきた。
 銭谷からメッセージが来ていた。
 石原は画面を見て少し驚いた。
 銭谷はスクリーンショットを使ってメッセージを送ってきている。いや、よく見ると、本庁のスマホの迷惑メールの画面を、私用のスマホで撮影したものをわざわざ送ってくれていた。
 (今確認した。すでに見てもらった四つのメールの他のものは以下。)
 (はい。)
 (メールは順番はこの通りで、四つのメールの後に三本ある。)
 とメッセージが入っている。
 (驚きました。)
 とメッセージを思わず返した。
 (おどろき?)
 (はい。メッセージアプリと、スクリーンショットを使いこなしている。)
 (そうか。ありがとう。)
 石原は少し助かった。もちろん、会って話したり電話で話す方が早いことも多い。しかし情報という意味ではメッセージとスクショの方が助かる時もある。特に何度も見直したい場合はスクショが助かる。
 石原は本郷文庫の前で、改めて追加された3本のメールのスクリーンショットを一枚ずつ見直した。それらは時系列順には、
 ToZ
 ニヒリズムとかではなく、しっかりと実現をしてくれ。
 ニーチェを読んでみるのもお勧めする。
 K
 ToZ
 段々とわかってきただろう。
 海の先に、人間は、ゴミを集めて大地を作る。
 嘘の大地を作る。
 K
 ToZ
 滅多なことを言うものではない。ご遺族の毎朝は地獄なのだ。
 K
 思わず、メールの本文の内容のほうに何かを見てしまう。しかしそれこそが金石氏が弾幕のように設計した誤謬への誘導のはずだ。石原が見つめたのは、本郷文庫の四文字のさらに延長での頭文字の流れだった。
 ニヒリズム
 段々と
 滅多な
 に
 だん
 め
 (本郷文庫二段目)
 石原は小さく、唖然とした。そうしてスマホから視線を上げて、目の前の本郷文庫を見つめた。本を幾段にもして並べているではないか。
 (この一段目、二段目を指しているというなら、意味がつながる。)
 本郷文庫は、元々駅の壁を窓のように繰り抜いた本棚だ。木の枠で、上から、一段、二段、と並んで合計三段の古本が並ぶ。石原は、その真ん中の二段目を見つめた。古本の背表紙が隙間なく並んでいる。
 二段目の文庫本を、一つ一つ手にとって、元に戻す。中に何か挟まっていると思って見てみる。石原は一冊ずつすべて見ていった。いくつかの本には、各々の読者の書き込みのようなものもあるが、特にメッセージや関連性は感じなかった。この二段目全ての本のどこかにメッセージがあるとなると、かなり時間がかかるが、一旦警視庁に持ち帰るのが良いだろうか?と悩んだ。しかしこれらをまとめて持ち帰ればここでの「連絡」は今後絶たれるだろう。
 石原は改めて並んでいる本の背表紙を二段目から見つめ直した。「今昔物語」「柳生忍法帖」「レ・ミゼラブル」「硫黄島に死す」「Yの悲劇」「自由からの逃走」…。特徴の言いずらい、ありがちな本の列だった。古本の並びらしく、ジャンルも何もなかった。幾つかの本をもう一度手に取ってみる。紙切れでも挟まれているとかあるのかもしれない、と一冊ずつはじからゆっくりと順に開いたが、何もなかった。古本特有の湿気った香りが広がるだけだった。
 石原は二段目を諦めるように、一段目や三段目に目をやった。
 一段目は、
「ドグラマグラ」夢野久作
「刺青」谷崎潤一郎
「ムーンパレス」ポールオースター
「獄門島」横溝正史
「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「地獄変」芥川龍之介
「芽むしり仔撃ち」大江健三郎
 ・・・
 という本が並んでいる。三段目は、
「ヴィヨンの妻」太宰治
「砂の女」安部公房
「こころ」夏目漱石
「ゼロの焦点」松本清張
「用心棒日月抄」藤沢周平
「雪国」川端康成
「はだしのゲン」中沢啓治
「ブエノスアイレスの熱狂」ホルヘ・ルイス・ボルケス
 ・・・
 と本が並んでいた。肝心の二段目は、
「今昔物語」岩波文庫
「柳生忍法帖」山田風太郎
「レ、ミゼラブル」ヴィクトル・ユゴー
「硫黄島に死す」城山三郎
「Yの悲劇」エラリー・クイーン
「自由からの逃走」フロム
「満州アヘンスクワッド」門馬司
 ・・・
 である。
 本によっては、汚れているもの、マジックで書き込みがあるもの、カバーが残っているもの、茶色の裸で剥き出しのものなどが、乱雑に並んでいる。しつこく本を手に取り中を確認する。落書きや線を引いてあるものも逐一見直すが、何も頭に浮かばないままだった。文庫本と、ハードカバーのものが背の高さも顧みずに並んでいるし、題名でわかるように、純文学もあれば、歴史小説もあり、探偵小説もある。新書や漫画もある。
 ふとそのとき、石原は前回この駅を通った時に太刀川を追って、この場所を撮影して残したのを思い出した。
 スマホを開きその時の写真を見てみた。何か時間軸の仕掛けがあるのなら写真はいいはずだ。つまり、二日前に撮影した本郷文庫の写真と今現在とを比べることにしてみた。首を上下させながらスマホと文庫棚と交互に見比べて行く。
 一段目も二段目も三段目も並びはほとんど変わらなかった。本郷文庫の古本たちは二日の時間を経ても同じように並んだままだった。つまるところ昨今は、たとえ無料の本が並んでいても手に取ることが少ないのだと石原巡査は思った。東大の学生まで含めて電子書籍で読めば十分だ、ということなのだろうか。
 少しだけ変化があったのは、二段目だった。
 二段目は、二日前のものは、右から
「レ、ミゼラブル」ヴィクトル・ユゴー
「硫黄島に死す」城山三郎
「Yの悲劇」エラリー・クイーン
「自由からの逃走」フロム
「満州アヘンスクワッド」門馬司
 と並んでいる。
 それらを眺めていたのちに、突如石原は、固唾を飲んだ。もしかするとと思い、もう一度、二日前の写真と、今現在の本郷文庫を比較し直した。そうして、ある一つのことに気がつくと、今度はそのことが脳を離れなくなった。やがて、石原は、とある文字列を幾度もスマホの検索窓に並べて打ち込んだ。ある一定の結果が出た。固唾を飲んでその結果を見つめると、今度は地図のアプリを出した。そして再び検索をしたその言葉を文字で打った。胸を打つ動悸が消せなかった。手の指が震えて、焦る自分を抑えながら、でもとにかく急いだ。なぜなら、その言葉がもし正しい仮説なのであれば、今すぐに動き始めなければいけないからだ。石原は首を振って改札の外の本郷の空を見た...

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