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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 208 章 二百三 再千代田線 (銭谷慎太郎)

二百三 再千代田線 (銭谷慎太郎)

 又兵衛と二人でA署の所轄へと向かった昨日と同じ千代田線だった。
 隣にいた老刑事が今はどこかの病院で死に瀕していることは大きく違っていたが、地下鉄は何も変わらず東京の地下を北東の方角へ走り続けた。
 (自分にもっと能力があったなら、こうなっていなかった。)
 その言葉に繰り返し頭を打たれるのはきつかった。ても何も動かさずにいると吐き気がしそうで、わたしは無理に手を動かしたくなった。混み合った車内でカバンからノート類を開くわけにもいかず、わたしはスマホを取り出して指でいじった。興奮したまま電話を切った石原の着信が最後にある。
 メールフォルダをもう一度開くと、やはり半年以上も前のものは全て消えていた。この数日で送付されたものだけをとにかく見つめ直した。石原はああは言ったが、まだ全てを確証できたわけではないはずだ。人任せにせず自分でも頭で考える必要がある。又兵衛の発見された河川敷ーーA署の所轄でも最も千葉よりの河川敷である江戸川ーーまではまだ少し時間がある。せめて自分なりの仮説もまとめたかった。
「理由もなくメールをする訳はない、と思ったのです。もし仰る通り警察組織と関係がある犯罪の捜査を続けているならば、それは危険な連絡になる。銭谷警部補にも危険だし、金石元警部補にも危険です。そんなことを<理由もなくする>でしょうか。」
 石原の言葉が戻ってきた。
 メールをいくつも見直した。
 何よりぼんやりとこれらの文字列を見過ごしてきた自分のことが許せなかった。
 ToZ
 文学的に言えば、
 百の事件には
 百を被害者がある
 一つとして同じ事件はない
 また、
 加害者にはまだ未来があるが
 殺人被害者には、永遠に未来はない。
 言ったはずだ。
 K
 ToZ
 本末の転倒。
 飲みすぎは、やめておけ。
 若者に迷惑をかけないようにしろ。
 K
 ToZ
 孤独。
 被害者の孤独。
 そのとなりに自分がいるのか?
 ましてや、被害者と加害者の、その対立構造などを作っている奴らに加担してはならない。
 K
 ToZ
 段々とわかってきただろう。
 海の先に、人間は、ゴミを集めて大地を作る。
 嘘の大地を作る。
 K
 メールを見つめ、そして地下鉄の走る窓の闇を見つめ、目を閉じるのを繰り返した。これまでの何年間と同じく、言葉を並べただけでは、何も気がつくことはなかった。恥ずかしながら、やはり毎回と同じく、この文言を書いたであろう金石の横顔だけが脳裏に来てしまう。彼がいつものように左手でウィスキーグラスを掴んでタバコを吸っている姿が言葉の手前に消えない。なんならその時の会話の方が思い出せるくらいである。
 そうやって地下鉄はお茶の水、湯島を過ぎた。都心を離れ、川の多い所轄に向かいつつある。
 何一つ前に進む発想が出ないまま千代田線はJRの常磐線に直通する地上へと登り始めた。
 列車が地上に出たとほとんど同時に石原からの電話が鳴った。流石に人の多い車中で電話を取れず、次の綾瀬駅の扉が開くところでわたしは電話を取った。
「銭谷警部補。説明をさせてください。」
 珍しい。声が強い。
「ああ。頼む。」
「はい。メールは文面だけを読むと、金石警部補が銭谷警部補にアドバイスや、当時の漠然とした意見を繰り返しているように思えます」
 石原は前置きをした。その前置きは語気を強めながらも、彼女らしい優しさを含んでいるように思われた。
「そのせいで、内容に常に目が行きがちなのですが、実は内容は関係がないと、すると腑におちる仮説がある気がしたのです。」
「メールの内容が関係がない?」
 わたしは形式だけ反論をした。メールの内容だけを何度も見てきた自分としては、そう言うしかなかったのかもしれない。
「はい。内容は最初から一切伝えるものではなかった。」
「伝えたい内容がない?」
「はい。」
「しかし、では危険を冒してメールを送る意味は?」
「メールの内容ではなく、メールが金石元警部補から銭谷警部補に宛てたものだということだけが、わかれば良かった。僭越ながらメールの文章は、お二人にしか判らない、捜査の周辺で感じた言葉などを並べてあると思います。もしくはバーで話していた言葉など、第三者的にはよくわかりずらい曖昧なものですが、一つだけ明確なことがあります。それは金石元警部補が銭谷警部補に宛てて送付している、という外側の事実です。本人の認証、だけはなされている。」
「う、うむ。」
「その上で、内容は一切関係ない。言葉の内容を読んでしまうと、壮大な迷路に入ってしまう。しかし、内容に関係のないところにその伝達物がある。」
「内容に関係のないところにーー。」
「頭文字です。」
「頭文字?」
「メールの頭文字を並べる。この本文の頭文字だけを拾うと、文章になると思ったのです。」
「頭文字だけを並べて?偶然ではないのか?」
「わかりません。それで、今、本郷の駅に着いたところです。」
「本郷?」
「はい。」
「本郷とだけ読めるのか?」
「いえ、<本郷文庫>、まで読めると思います」
 石原はそう言ってToZのメールのいくつかの冒頭だけをそらんじた。
「本郷文庫?それが何かの暗号になると言うのか?すまん。わたしにはそもそも本郷文庫というのは唐突に思える。」
「普通はそうだと思います。ただ、関係が全くないとも言えないんです。太刀川は実は今日も本郷三丁目、つまり東大のある駅で降りました。先日に続き、二回目です。」
「本郷の、駅?」
「先日ご一緒させていただいた、本郷三丁目駅です。」
「もちろん覚えている。あの駅か。」
「そうです。あの駅の改札を出たところに、学生向けの無料古本貸し出しがあるのを一度お話させていただいたと思います。その名前が、本郷文庫、というのです。」
「……。」
「実は太刀川が今日も、その文庫の前で立ち止まって暫く見ていたのです。」
「太刀川が?」
 わたしは少し声を荒げた。
「まだわかりません。ただ金石さんのメッセージと、太刀川が何か繋がるかもしれない。そう思ったのです。さらには、携帯電話やインターネットを排除している太刀川という人間にとって、ああいう場所は連絡を行いやすいかもしれません。」
「本郷の文庫がか?」
「はい。あの本郷文庫は、自分が読んだ本を無料で誰かに貸せるんです。誰でもそこにおいてある本を回し読みできる。本を回覧しているともいえる。」
「……。」
「今、本郷三丁目の古本貸し出し、本郷文庫の前につきました。とりあえず端から順に何か仕掛けがないか調べさせてください。」
 わたしは何一つ反論がなかった。
「そうか。頼む。」
「あと」
「なんだ。なんでも言ってくれ。」
「金石元警部補の写真はございますか?」
「写真?」
「私は、金石元警部補の顔を知らないのです。」
「ああそうか。」
 わたしは金石の写真は持っていなかった。表彰でもなければ刑事が二人で写真を撮るようなことは少ない。むしろ金石は写真を避けていたかもしれない。
「すまん。写真は、撮ったことがなかった。ただ、奴の特徴は明確かもしれない。」
「特徴?」
「身長が二メートルある。いや正確には測ったことはないが。」
「身長が二メートル、ですか。わかりました。顔写真はなしですね...

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