← 目次へ
星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
第205章をXでシェア
第 205 章 二百  秘書室 (レイナ)

二百  秘書室 (レイナ)

 二重橋の江戸島会長秘書室の電話が鳴った。
「佐島恭平と申します」
 ​​江戸島会長担当の秘書は嫌な顔をした。また会社名を名乗らぬ人間である。秘書室でもベテランの女性秘書は、先日の探偵を繋いだことを後悔しているのである。よくわからぬ訪問客を素直に繋いだことで、重要な面会の時間を圧迫してしまった。ただでさえ、会長は日中忙しいのである。
「失礼ですが、既に江戸島の方でご挨拶させていただいておりますでしょうか?」
 女性秘書は「言葉」を設計した。こういう基本的な言葉を駆使して壁を作るのである。上場企業の会長ともあれば、面会の拒絶も丁寧に、賛同を得ねばならない。
 案の定電話の向こう側で、言葉が詰まる様子があった。また、あれこれと捻じ込みの設計が言われるのも困るので、秘書はそのまま電話を切りにかかる。録音されどこかに持って行かれないように言葉を慎重に使い回しながら。
 ところが、電話口の佐島という人物は想定もしないことを言ったーー。
 ベテランの女性秘書はその内容に心当たりがあった。古くから江戸島会長はこの秘書を変えずに使っている。そのため秘書は江戸島の私的な環境について熟知していた。
 この点は先日の探偵の二人とは違っている。探偵は明らかに、脅迫的に釣った言葉があった。殺人事件の週刊誌沙汰に巻き込まれる可能性を、自分達と話すことで払拭したいと言う説明である。女性秘書はその通り江戸島会長に繋がざるを得なかった。会長はそれでも無視して良かったはずなのだが、即応で早々に時間を作ったのである
 今電話口で佐島と名乗る人間はその「やり口」ではなかった。全く別の言葉を言った。
「なるほど、つまり佐島様は、失礼ですが、江戸島とは古いお付き合いになると言うことですね?」
「はい。まあ、直接とは言いづらいですが、そうなります。佐島という名前で、つながるかわかりません。ただ、これまで、面会をお願いしてはきませんでした。もしできれば、急ぎ、お会いすることは可能でしょうか。」
「佐島さまが、当会長室に来られるということでしょうか?」
「いえ。お仕事とは関係のない小生が会長のお部屋には申し訳ございません。できれば、別の場所がいいのです。そのほうが江戸島会長もよろしいかと存じ上げます。」
「場所はどちらで。」
「はい。今から申し上げます。そちらは江戸島会長もご存じの場所ですので、今から申し上げる住所をお伝えいただければ、意味は伝わるはずです。よろしいでしょうか。港区南青山の、」
 秘書はメモを用意した。佐島が伝え始めたのは、秘書もすぐ認識できる、細かい説明はいらない場所だった。

文字
明暗
組方向