百九九 発見 (石原里見巡査)
「すまん。大事な電話中だった。」
銭谷警部補は珍しく電話を取らずにいたが、三度目の着信になってようやく、電話に出た。めずらしく幾度も電話をかけていた。
「すいません。」
石原さとみはしつこさを詫びた。
「いや。丁度、わたしからも連絡をしようとしていたところだった。」
「すいません。先に私からでもよろしいでしょうか。」
「ああ。申し訳ない。何度も着信をもらっていた。先に話してくれ。どうした?」
「すいません。先日、金石元警部補から、いや元警部補と思われる人物からのメールの話をしていただいたと思います。本郷からお茶の水を歩きながらだったと思います。」
「ああ。もちろん覚えている。」
「いくつか、文面も見せていただいたと思います。その、本を読め、とかで始まっているのものを少し写真で撮らせて頂きました。今勿論、この手元にあるのですが。」
「ああ。」
「メールは、厳密にはいつころから来るようになったのでしょうか。」
「いつころ?」
「はい。」
「すまん。少し質問の趣旨を知りたい。」
石原さとみは銭谷の切り返しに言葉を凝縮させた。
「失礼いたしました、仮に、金石警部補が送ってるならば、いや、銭谷警部補が金石氏のメールだとそう確信があるなら、ひとつ仮説が成立しうると思ったのです。」
「どういうことだろう?」
「銭谷警部補が、取り止めもなくメールが来るとおっしゃった点についてです。そもそも、金石元警部補は、捜査の重要段階で突然音信不通になった。現在に至るまで連絡方法はないし、もちろん具体的な接触も何もない。これは事実ですよね?」
「……。」
「いかがでしょうか。」
「…その通りだ。」
「警察を嫌になって辞めて、金石警部補が引き篭もっているだけ、ということが考えられますか?引きこもって、あのようなメールを送付しているだけということです。」
「うむ。」
銭谷警部補は言葉を詰まらせた様子があった。
「……。文面だけを見て、どこかでそんな風に思い込んでいたが、実際にそんなことは考えにくいかもな。」
「そう思ったんです。私も銭谷警部補からお聞きしただけですが、金石さんは警察の中での肩書きやポストを気にするよりずっと、捜査の中での真実の追求に積極的だった印象があります。」
「それは、その通りだと思う。」
「だとしたら、刑事を辞めたくらいで作業を停止するでしょうか?むしろ違う形で追いかけ続けているのではないか。銭谷警部補。生意気ですいません。僭越ながら私にはそう思えてなりません。」
「……。」
「仮にそう言う状況で、警察の後ろ盾を捨てて潜入捜査を続けるのは相当なリスクです。例えば誰かと本名で会ったりしてもそれでさえ金石さんが生きているという新情報になる。重要な情報を持って消えたならば、生きている情報というだけでリスクですよね?」
「……。そうだ。」
「伝えたいことがあっても、連絡手段がない、という状況かもしれない。」
「仮説を最後まで聞こう。」
「はい。ありがとうございます。つまりです。金石さんが、もし通常ではない危険な環境下にあるとすれば、連絡は非常に重要で危険な行為になります。なぜなら連絡をしたということが存在証明そのものだからです。」
「……。」
「むしろメールは最もありえない。言わずもがな、メールは双方に多大なリスクがあります。当然銭谷警部補への警視庁のメールは監視されている。それなのにメールを送ってくる。その状況で暇な遊びや、過去の同僚への戯言を送るでしょうか?つまり、これらのメールが、ぼんやりとした感情で送られてるとは、思えないんです。」
「……。」
「先日お見せいただいたなかで、少し気になることがあったんです。銭谷警部補。お手数をおかけして申し訳ございません。もう一度、受診のメールを、日付を順番でならべて、時系列で、読み上げてもらえませんか?日付順です。内容はメモしてあるのですが、順番を伺いたいのです。」
「わかった。この間見せたもの、つまり今月に入ってからのものでいいか。この迷惑メールに振り分けられたものは、半年単位で消えてしまうのだ。誠に恥ずかしい話だが、保存をしていない。」
銭谷警部補は面倒だという空気を微塵もさせずに、むしろ情報を保存しなかったことを詫びた。石原の指示のままに本庁の携帯のメールボックスを探し直している。メールが見つかると、一つ一つを時系列に読んだ。
「これだ。まず一つ目だろう。いいか。」
「はい。」
「本を読め。本には答えが書いてある。というのが7月15日 4時15分。朝のだ。」
「ありがとうございます。」
「次がええと。」
銭谷警部補はどこかで歩きながらなのか、車の通る音や、通行人がすれ違う時の声が漏れた。
「今はどちらですか。」
「日比谷から新橋方面だ。考え事と電話で今日はこの辺りを歩いている。次のメールは」
「はい。ありがとうございます。」
「郷に入っては郷に従え、というのが九月十日 二時二十五分。」
石原は、それを聞いて、自分の予想があたったかもしれないと思った。
「その次もお願いします。もしかすると、次のメールは、」
「同日三時三十九分。文学的に言えば、うんぬん。」
「わかりました。その次が、『今度からは、』で始まるメールですね?先日見せていただいたのはこの四つでした。」
「そうだな。」
「銭谷警部補、一旦電話を切ってよろしいでしょうか。今から丸の内線に乗りますので、電話ができるところですぐに折り返します」
石原は霞ヶ関で本庁に戻るつもりがそのまま地下鉄の入り口に戻ることにした。心臓が高く鳴っている。
「仮説が成り立つような気がしています。メールは画面を撮影させていただいたものもあるので、もう一度、よく読んでみます。」
「進みそうか。」
「わかりません。でも、少し待ってください。すぐに、かけ直せると思います。」
興奮しながら電話を切った。
電話を切った後に石原は、銭谷警部補が最初に話し出そうとした会話を自分が遮ったままだったことを思い出した。