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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 202 章 百九七 別れ  (赤髪女)

百九七 別れ  (赤髪女)

 赤髪女が電話を終えても、軽井澤探偵は無言だった。
 ホームセンターで軽トラック車両に再びおいつき、その積荷を見てから明らかに軽井澤の表情が変わった。何か守谷とは別のものを恐怖しはじめたように赤髪女には思えた。何かの真実を見つけてしまったような表情にも思えた。
 守谷は軽トラックの積荷にコンクリートの粉らしきものを載せ終え運転席に戻った。国道へと戻りしばらく走った。追跡しながらも軽井澤氏は無言だった。ただ明らかに積荷ーー風に吹かれ青いシートがはためき、合間からドラム缶が見えるたびに顔面が引き攣るような気配があった。明らかに不自然な変化だったのが赤髪女にも伝わった。
 トラックが突然信号を左に曲がったのは東京に向かう国道17号に入ってからしばらくした交差点だった。てっきりまっすぐ東京へと戻ると思っていたが意外な左折だった。守谷が車を止めたのは埼京線の与野本町という駅だった。
 駅前には何もない車のロータリーがあるだけだった。
「なんだろう。電車に乗り換えるわけもないだろうけど」
 軽井澤氏はそう言った。特に電車に乗ろうと言うのでもなく、しばらく守谷が動かないので駅前ロータリーを回りながら遠目にトラックを見ると、守谷は運転席で眠っているようだった。
「なるほど、休憩のようですね。」
「休憩?」
「あの片腕で、参拝の山からドラム缶を拾うのを一人でやってきた。つまり疲れたんだと思います。」
 なるほど、たしかに、軽井澤氏のいう通り流石に徹夜の作業の疲れなのかもしれない。次の作業に向けて眠ろうとしているようにも見える。
「つかれて、眠る、か。」
 軽井澤氏はそう呟いたまま、こちらも軽自動車のキャロルをロータリーの端に停車させしばらく沈黙しました。
 幾分かの時間の後、軽井澤氏が
「ここでお別れするのがちょうどキリがいいかもしれませんね。」
 と突然言った。それは随分唐突で赤髪女は少し焦った。焦ったのを悟られまいとするように
「ここで、ですか。」
 と言って運転席に座る軽井澤氏を見つめ返した。
「この駅なら東京までもすぐです。この後守谷がどう言う動きをするか読めません。昨夜のように山奥に向かうかもしれない。そういう意味ではこのGPSを引き続き使わせてもらえるのであれば、もう大丈夫です。もしこれがどうしても必要なら後日、事務所に来ていただければお返しいたします。昨夜のことでわかる通り、わたくしは警察には行きませんので。」
「でも」
「あなたは、わたくしを尾行していたと思います。でもあなたはわたくしを知りもしない他人です。誰かから頼まれたのだと思います。頼まれただけなら、いつまでもわたくしと一緒にいるのは危ないと思います。わたくしと何らかの接点を持ち指示をする人間の思惑の反対に動く可能性もあると思うのが普通でしょう。いちおう車を運転しながらずっと後ろも気にしてきましたがこの車への尾行はなさそうです。もっともGPSで位置は把握されているかもしれませんが。」
「……。」
「このままお別れして、もう二度と尾行はしないでください。そうですね、もし今度尾行をすれば違う対応をしますので、どうか辞めていただきたい。」
「……。」
「昨夜の痙攣も含め、あなたは何かの薬物、つまり覚醒剤などの問題があるのかもしれませんが、そのことはわたくしがとやかく言うことではないと思います。ただ、まだ若いのですから、ぜひ人生を無駄にしないで大切に使ってほしいです。」
「……。」
「これ以上一緒にいるのはやはり、あなたのために良くないですから。」
 軽井沢は淡々とそう言った。
「ちなみに。」
「はい。」
「あなたはおいくつですか?」
「に、二十六歳です」
「ああ、そうですか。」
 その言葉が赤髪女は、突発的になぜか切ないものを感じた。例えるなら
「自分の娘も生きていたらそれくらいの年齢だったんです。」
 という言葉を軽井澤が言ったように聞こえた。いや確実にそんな言葉は聞いてはいないのだが、なぜか軽井澤が目でそう伝えたように感じたのだ。だから、大事に生きて欲しい、というような意味合いで。
「ではここで、お別れしましょう。」
「はい。」
 いろいろすいませんでした、という言葉が今度は赤髪女の心の中で集まって声になろうとしていた。けれどもその言葉も出ずに終わった。
 それらの無言は、何秒間くらいだっただろう。会話にはならず言葉も適切に出てはいかないけども、赤髪女には何か暖かい風が脊髄に吹くような不思議な感覚があった。それでいて昔の社長さんのように去りゆくものの優しさや悲しみを含んでいた。この世界から去っていく時間がきた誰かの気持ちを何故か思った。赤髪女を見て別れを告げている軽井沢の表情は、幻でも見てるかのように微笑んでいた。

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