百九五 矛盾考 (石原里見巡査)
石原は改札を抜け、丸の内線本郷三丁目のホームでスマホを久々に見た。
まだ午前九時である。大手町方面に戻る地下鉄は通勤ラッシュだった。人々は押蔵饅頭の中でも懸命に顎近くにスマホを置いて各々の時間を過ごしている。まるで蜂の巣の幼虫かサナギのように地下鉄の車両に並んで詰まっていた。その中に石原は身を預けるようにして乗り込んだ。
その時であるーー。
それは、ふとした間合いだった。
石原は焦った。空気が強く全身を打ちつけたような感覚に襲われた。
なぜこれまでそのことに気が付かなかったのかーー。
自分を責めることはしなかった。が、よく考えれば、わかることではなかったか。
取り止めのないメールが、くる。
それは銭谷警部補の言葉だった。
しかし、である。
それではおかしくないか?
つまりーーー。
情報の管理が命取りだと、事件のあった五年前の捜査で繰り返したのは金石警部補だ。だから銭谷警部補にも捜査の内容さえ共有を積極的にしなかった。何故なら情報は恐ろしいものだからだ。情報は誰かを命取りにしてしまうーー。では、そういうことが口癖だったような人物が、警視庁のメール宛に、「取り止めのないメール」を送ることがあるだろうか?
情報の貴重さを誰より知っていて、周囲に与えるリスクを最も慎重に考えていた、その当事者である。メッセージを送ることにも送られることにもリスクがある。ましてや相手は自分が毎晩あの事件の捜査本部で最後まで組んでいた人間、かつ、まだ警視庁にいる銭谷警部補である。メールは全て監視されてる可能性が高い。
石原は満員の丸の内線の中で唾を飲んだ。
金石元警部補は、ある情報を持って警察を辞めた可能性が高い、警察や権力には不都合な情報を含んだからこそ不自然に警察を辞めたはずだというのが先日の銭谷警部補の長い説明だった。そして銭谷警部補の言葉を信じるなら、彼はまだその捜査を継続している。所属はわからない。組織かどうかもわからない。しかし銭谷警部補曰く、金石元警部補と言う人間は簡単に諦めたりはしない、物事を途中で済ますことなど絶対にない人間だという。そんな人間が命をかけて掴んだ、警察に不都合な情報を持ったまま行方をくらましたのである。
果たしてそんな人間が「取り止めのないメール」を送ったりするだろうかーー。