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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 199 章 百九四 密室 (人物不詳 村雨浩之)

百九四 密室 (人物不詳 村雨浩之)

 男はその一室の鍵を開けた。誰ひとりたりとも知らせてはいないが、念のため<この部屋も今日で最後にする>のである。今日のこの「荷物」がそこにあり、またこの部屋の特殊なパソコン機材などを整理しなければならない。地味で意味のないゴミは全てこれから東京湾にもっていき、錘をつけて沈める。まあ数十年は浮かんでは来れないだろう。一部の世の中向けの設計以外は見えなくすればいいのだ。
 ネット環境に繋げれば、今の警察は全てを把握する。
 たとえば情報を抜かれた反社会集団のような組織は全て警察の奴隷だ。サーバーを通過した過去の会話や資料を辿れば、全ての人間は丸裸だ。だれでも逮捕できるし組織ごと潰すこともできる。
 だからこそ、この部屋が大事だった。
 この部屋は最新のネット環境には接続がない。過去にIPアドレスもない頃に作られた回線が亡霊のように残っているだけだ。そのせいで特殊な環境が存在することができた。個人情報を使わず、IPアドレスが不確定のまま作業をすることができる。特殊なVPNを海外経由で設置するこの形は、警察では把握ができない。中国大陸でGoogleを使うときは一時期このやり方が重宝された。権力に無記名(アノニマス)で把握されない、無免許のラジオ短波無線のようなものだからだ。
 多くの人たちは知らないうちに全てを把握されているーー。
 iPhoneのメモだろうがGoogleのDocumentだろうが、全て警察が監視できているのだ。すべてのインターネット企業が警察に情報を収めている。そのことも知らない。知ろうともしない。すべての世の中の組織は警察の管理下にあり、何をしても全て丸裸なのだ。
 (だからこそ)
 男が使ってきたDocumentは安全だった。
 過去もっとも古いテキストアプリであり、文字を書くことくらいしかできない。最新の機能はないが、誰にも察知されない、メンテナンスもされない、年代物のパソコンだった。ネット情報を繋がず、アップデートも行わずサーバーも経由せず、大昔のワードプロセッサーのような存在ともいえる。男の計画は全てこのDocumentの中で更新されてきた。何度も書き換えて来たが、その内容も時間軸も、警察を含めてほかの誰にも把握はされていない。
 男は文書の後半を見直した。
 計画を大幅に修正した後半、である。
 そこにはこのあと、自分の計画の結果、警察とメディアがどうどう動くのかを中心に整理してある。
 自分には経験があるーー。
 世の中がこの「事件」にどう対応するのか。
 男の考えた「犯罪劇」をどうとらえるのか。
 つまるところ、世の中はどう「事件」を消費するのか。
 メディアが喜ぶ事件というのは何なのか。
 わかりきっている、と男は思っている。
 群衆はわかりやすい悪魔を求めている。
 わかりやすい設計が必要なのだ。
 そうして設計の中で、悪魔退治をしたいだけなのだ。
 実際に自分の手には関係ないのに、悪魔退治に参加した気分になりたいだけなのだ。
 その際、悪魔はわかりやすく単純で憎むべき悪でなければならない。
 見た目も歴史も態度も、大衆が嫌悪するものであるべきだ。
 悪魔退治ほど楽しいものはない。
 物語をご用意するのだ。
 世の中にとってこの上ない、楽しみがやってくる。
 テレビは全体の視聴率があがるだろう。
 目の前の退屈で平凡な毎日を忘れさせてくれる悪魔退治が始まるのだ。
 ネット上では正論反論含めてさまざまな言葉が踊るだろう。
 正義に飢えた大勢が、実は暇でしかない大勢が、自信満々の言葉を並べ、悪魔を罵倒する。
 そんな正義の輩がまともとも思えない。
 どっちが本当の気狂いなのか
 男には自信があった。
 書き溜めた計画を<今夜実行する>。
 同時に、この年代物で愛おしいパソコンも、海の底へと消える。
 男にとって、長い一日が始まろうとしていた。

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