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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 197 章 百九二 本棚写真(石原里見巡査)

百九二 本棚写真(石原里見巡査)

 六本木駅でいきなりの登場をした銭谷警部補に石原は驚いた。無論、中年の主婦に変装している自分から話しかけることはできなかった。銭谷警部補は太刀川の車両に乗り込み、何やら自分から話しかけている様子があった。何の目的だったかはわからないが、しばらく会話を続けていた。霞ヶ関も過ぎ、日比谷を越え銀座まで行ってやっと太刀川が車両を降りたので会話がようやく終わったようだった。石原は太刀川に合わせて車両を降りた。
 車内に銭谷警部補の背中を乗せたままの日比谷線は、ドアを閉めるとそのまま北千住築地方面に流れていった。
 石原は中年主婦の姿勢のまま太刀川を追った。丸の内線の池袋方面に乗り換えた太刀川は、最初の日の尾行と同じ本郷方面に向かっている。石原は気づかれてはいない自信をもって、隣の車両に乗り、鞄の穴から覗くカメラだけを向け、自分は何もないように席に座った。淡路町、御茶ノ水、と過ぎる間、太刀川は戸袋にもたれたまま、考え事をしている様子だった。
 初日と同じ本郷三丁目駅で、再び太刀川は降りた。
 細々としたホームは大手町とは違って、東大の大学職員風情のする幾人かが歩いていた。まだ朝の一限には早いと思われた。階段を上がって改札を通るときに、太刀川の背中が改札の外で立ち止まっているのが見えた。石原は咄嗟に力む体を悟られまいと、そのまま真っ直ぐ商店街の方へ歩き抜けた。太刀川は改札の横の例の<本郷文庫>の本置き場の辺りにいた。
 駅から本郷通りに出る商店街の途中にタバコ場があった。石原はそこで太刀川を待った。四、五分待ったところで太刀川がここを歩くのだと思った。が、不思議なことにタバコを三本吸っても通らなかった。駅の方に戻ってみると太刀川は既にいなかった。どうやら狭い反対側の出口から出たらしい。
 石原の視界の先に、さっき太刀川が立ち止まっていた文庫置き場があった。達筆の毛筆で「本郷文庫」という紙が貼られていた。駅の改札を出たすぐ横だが、学生含め誰も立ち止まったりはしない。東京大学の最寄駅とはいえ昨今、本を読んだり古本を手に掴む人間はもう多くないのかも知れない。電子書籍は重さもなく何冊もどこにでも持ち運べるのだ。
 石原は念の為、太刀川の視線の先にあったその本棚の写真を一枚撮った。
 地下鉄の映像だけでなく、彼の見た眼差しも集めておくほうが良いのはいうまでもない。
 乗降客が過ぎたあと、ひんやりとした初秋の朝の風が頬を撫でた。

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