百九十 朝焼け(銭谷警部補)
浴びるほどウイスキーを飲み続けたのはビデオに映ったその巨漢の男のせいだった。
浴びたウィスキーがわたしをどうにもなりようのない過去へと繰り返し押し戻していた。
わたしは石原の撮影したビデオを繰り返し再生した。映像の中、後ろ姿に辛うじて映る横顔や、体格は金石そのものだ。二メートル近い巨漢の足を切断するわけには行かない。佇まいや少し動かす体の使い方の全てが金石に見えた。だが、もし金石だと明確に確信があったなら何杯もジャックダニエルを飲まなかったはずだ。映像は不完全だった。撮影者である石原は別の太刀川という人間を追っていて、この巨漢には一切焦点(ピント)は合ってはいない。
敢えて言えば顔の印象が少し違う。帽子とマスクのせいなのかメガネをしているせいか、顔の確認が完全にはできない。
わたしは食い入るように板の電話の画面を睨み、何度も何度も再生し続けた。そして中毒者のようにウイスキーを無言で煽り続けた。金石のような、巨体がそこにいる。しかし顔の表情が見えない。マスクと、メガネと、帽子が計算された曖昧さを残している。また、もう一度、酒を飲み直す。ニコルソンは何か病的なものを察したのか、最後の客になった私を放置していた。わたしはウィスキーで潰れるまで飲もうとしていたが、どうやら潰れなかった。
なぜかスマホの中の時計が四時になっているのを見た時、あと二時間で六時になるのだと思った。わたしは最後の一杯を一息に飲み干すと、思いついたように会計をした。ニコルソンはいつもと変わらぬ表情で、
「またぜひ。」
とだけ言った。ドアを開けると夜はもう終わりで朝が東の空に始まろうとしていた。
外苑西通りはトラックばかりだった。天現寺から西麻布の、六本木ヒルズの影の街のような坂の下の一角のあたりまで歩いた。交差点近くに恐らく外国人向けのカプセルホテルがあった。客は誰もいなそうだった。六時まで、今から二時間だけ眠ってみよう。そしてもし二時間で目が覚めたなら、太刀川のいる六本木駅の地下鉄車両を目指すことにする。酒の勢いを借りて、万が一二時間で目覚めるのなら映像では確認できなかった巨体の男のことを確かめに行く。そうとだけ決めてわたしは狭いカプセルの中にそのままの格好で眠りについた。
逆に、わたしは目が覚めないことを祈っていた。
二時間後に場合によっては金石に会うかもしれないーー。
こんな体たらくな自分を見せたくはなかったが、では逆に酒も飲まずにそんな場所に行けるかと言われれば、自信はない。わたしは深い眠りが少なくとも日中まで続くことを祈った。
殺人の当日 (九月十五日)