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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 186 章 百八三 癲癇後 (軽井澤新太)

百八三 癲癇後 (軽井澤新太)

 どうして闇を感じたのかはわかりません。美しい女性の顔面の中に何かガラスが割れてしまうような予感があって、何か暗い彼女の中の世界のようなものが覗くのです。わたくしがあれこれと追求をする中でーー赤い髪の女性は、時間を追うごとに、観念したという表情を深めた気もしていました。もう少しで、何かを話してくれると、わたくしは感じ始めていました。そう思っていたその時でした。
 突然、白目を剥き意識を遠くしたようにしたのです。そのまま人事不省となるような、痙攣を始めました。
「だ、大丈夫ですか?」
 わたくしは焦って、助手席のリクライニングを倒しました。あきらかに、なにかの薬物的なものの禁断症状です。
 わたくしは、彼女の背中を擦り、額を抑えました。できることがなにもないせいで、そうするしかなかったのです。人間が死ぬ顔をするとき、悪魔のようなものが顔の各所に現れます。獣のような白目を剥く彼女にはそれが顕れていました。その表情のまま、突然、口から血を出しました。中毒者はしばしば、舌咬傷を起こし全身の強直痙攣と意識消失をおこなうのです。わたくしは、途方に暮れながら、病院に行くべきか、それとも警察に行くべきか、まさしく右往左往するばかりでした。
 その時ふと、この青山通り(246)の先に、
 (守谷のいた池尻病院)
 があるのを思い出したのです。池尻大橋は、今車を路肩に停めている青山一丁目からは車で数分です。まともな病院に薬物の中毒者を連れて行けば、すぐに警察沙汰になり、多くのことが身動きできなくなるのは目に見えています。かといって、命に関わればその方が大変です。
 わたくしは相当の速度で車を走らせ池尻までくると、車寄せに堂々と停めたまま、赤髪の女性をおぶり、リノリウムの床の上で車椅子に乗せて、守谷のいた部屋に向かうと、ほとんど常連の風情でわたくしは医者を呼びました。
「昨日お世話になった、守谷の部下のものです。身元は確認してみてください。」
「守谷さんの?」
「はい。すこしトラブルが続いておりまして。」
 おそらく当直であろう、若い医者がすぐにやって参りました。医師はさも、こういう癲癇や顛末に慣れた様子で、まるで死にかけているとわたくしが慌てている赤髪の女性に驚きもせず、注射を一本打ったのと、顔面中心になにかマッサージのようにさすりました。
「覚醒剤の過剰摂取による痙攣ですね。」
 医者は慣れたようにそう言いました。そうして、何も珍しくないむしろ飽きてるかのような表情で注射を一本用意し、呼吸も整えもせずにそれを赤い髪の女性の二の腕に打ち、
「では、以上です。お大事に。」
 とだけ言って、帰ってしまいました。わたくしは余りの速さに呆気に取られましたが、赤い髪の女性はたしかに痙攣が治り、明確に落ち着きを取り戻し眠りなおしたように見えました。

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