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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 185 章 百八二 車中にて (赤髪女)

百八二 車中にて (赤髪女)

 赤髪女は軽井澤探偵に後ろ手に縛られたが、その縛り方は優しく、正直逃げることも可能だと思った。昨日、埋立地で背中を取られたときとは違った。あのときは、背の高い位置から体が抑えられ、岩のような不動感があった。どんなやり方をしても逃げられない力だった。それと今とは別物だった。
「千秒数えるまで、命の保証はない。」
 という冷たく静かな声とは反対に、軽井澤探偵の声は温かいものだった。
 しかしながら、その温かさが逆に赤髪女の心を暗鬱にさせた。
 一体自分は何をしているのだ?という、徒労感が赤髪女を襲っていた。フラッシュバックでいくつかの過去が竜巻のようにくるくると回った。薬物的な禁断も混じってるのかもしれない。
 この探偵の不思議なやさしさのせいで、自分の気持ちが狂うのだ。乱反射する光が脳の中で彷徨って思考が粟粒になって消えていく。この人物の優しさや癒しが逆に不安に自分をさせるのだ。
「この青い点のことをなにかご存知ですか?」
 GPSを指差して、軽井澤探偵は聞いた。その青い点は、指示者に追加して見ておくようにと言われたまま、放置していた人間である。新宿の歌舞伎町から、光り始めたのを覚えている。この二日ほどは錦糸町という駅のあたりで点滅して動いていない。もうひとつあった、赤い点、草臥れた茶ジャケットの風間はいつの間にか消えてしまって画面には映っていない。
 優しい言葉を丁寧にかけられるたびに、罪のような気持ちになり吐き気や痙攣のようなトラウマがおこる。自分がおかしい。覚醒剤のせいもあると思う。覚醒剤は善意に化学反応をするのだろうか?赤髪女は茶色い汗を掻くような気がした。
「このGPSでわたくしを、つまりこの車を追いかける理由は、誰かに指示をされたということですね。」
 探偵はやさしくこちらを眺めている。
「違っていたら教えてくださると助かります。つまり、あなたは我々探偵と同じように、誰かに雇用されている。しかし、その雇用した人間もは身元を明かすのは危険が伴うから、かなり慎重なはずだ。」
「……。」
「その雇用先について判ることはありますか?着信の履歴だけ見させていただきます。メッセージは残っていないでしょうから。」
 言いながら、軽井澤探偵は、赤髪女のかばんから取り出した彼女の携帯電話をこちらに差し出した。持ち主の赤髪女に顔認証をさせたのだ。
「非通知ばかりですね。」
「……。」
「これが指示をしてくる電話ですか?それとも別の方法ですか?」
「……。」
「わたくしどもは数日前に、とある二人の人間から相談を受けました。彼らのは一人は、猫の死体を玄関に置かれたのでびっくりして、なぜか警察に行かずにわたくしどもを尋ねたのです。頼ったとも言える。その方は、先日電話中に音信不通になりました。風間という方です。もうひとりは守谷という人物です。恐ろしい私刑にあい、瀕死の怪我をした人です。この二人は誰かに狙われている。その加害者が、わたくしどもの動きを気にしたかもしれません。でもはっきりと言いましょう。我々を調べたり尾行をしても意味がないです。その加害者に指示されているなら、そう伝えた方がいい。わたくしどもは風間や守谷から何か具体的な情報や秘密を受けているわけでもない。正直何も知らない。」
 赤髪女は何も言い出せぬまま軽井澤探偵の胸の辺りを身任せにしていた。声が重なるたびに嗚咽があり、苦しくなっている。
「わたくしを追跡するのは構いません。何も起きませんから、自由に尾行すればいいです。あなたも事情もわからず、尾行をしておけばそれでいいというなら、GPSをわたしのポケットに入れてもいいです。それよりも、わたくしは、そんなあなたに、お聞きしたいことがあるのです。」
「……。」
「つまりその、つまり、こんな金銭をかけてまで尾行を命令するその理由を知りたい。その人が風間や守谷という人間を加害してきた人物なのならその理由もです。たとえばどういう人物か?について、少しでもわかることはありませんか?」
「……。」
「何も邪魔する気はございません。警察等に言ったりしませんし、何かをお聞きしてもそれを転用はしません。わたくしは、ごぞんじ、探偵で守秘義務は心得ているつもりでございます。わたくしどもは、ただ、その結果発生する二次災害を恐れているのです。」
「二次災害?」
 赤髪女は、思わず口にした。
「はい、そうです。」
「二次とはどういうことですか?」
 軽井澤はその時とても暗い顔をしていた。話したくはないがこのままいくと二次災害が起こるのだ。それは誰も幸せにしない、逆に無実の人を不幸にするかもしれないのだ、と、言葉を真剣にさせながら赤髪女に説明をしてきた。
「そうなんですか。」
 赤髪女がかろうじてそう言葉を返した時だった。
 目の前が暗くなり、なにかが見えなくなっていくのを感じ始めた。
 頭を強い金属で叩かれたようなそういう一瞬だった。

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