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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 184 章 百八一 尾行の女 (軽井澤新太)

百八一 尾行の女 (軽井澤新太)

 その女は、わたくしには不自然に見えました。
 御園生君が乗り捨てたマツダのキャロルをわたくしが探しているときに何故か二回ほどわたくしの視界に入ったのです。一般的に公道で同じ人間を二回見るということは難しいことです。わたくしは、その女に気がつかれないことを確認しながら、キャロルの鍵を開けました。恐らく、御園生くんに申し上げた通り、この車がここにあることを知っているように感じました。死角になる墓地の方角からその女が見ているように思えたのです。そして何より、二重橋で尾行されているように感じたのと同じ空気を醸しているように思えたのです。
 車(キャロル)に乗るとわたくしは、あえて彼女が少し追いかけることのできるくらいの速度で、葉桜を終えた桜並木をゆっくりと南に降りました。一旦事務所の前に車を戻してから、手早く事務所に入り、幾つかの護身用の武器を取り出しすぐに外に出ました。
 わたくしはそこで少し事務所から離れて、あえて自分が尾行者や追跡者ならどこにわたくしを監視する場所を作るかを考えてみました。すると一箇所、崖の上に青山墓地の作業員が物置を置く小屋があります。登ってみると打って付けで、わたくしどもの事務所が見下せる機械置き場がありました。わたくしはあえて、その小屋から少し離れて死角になる草むらに気配を消して蹲りました。夜の闇に、こんな小屋にやってくる人間など普通はありません。あれば、その獣はわたくしを尾行する獣でしょう。
 御園生くんが車を置き去った墓地北端から、ここまでは歩いて十分程です。ちょうどそのくらいして、獣のような影が小屋に入りました。そして凝然とそこに座り込みました。わたくしどもの事務所の方角に体を向けて見下ろしたまま、タバコを吸い始めているようでした。わたくしは事務所の電気だけはつけておきましたので、影はそちらに集中して事務所内の様子を見つめていました。
 足音を消して近づくのは一応、探偵業として心得はございます。
「後ろから失礼します。動くと後悔します。無駄な抵抗はやめた方がいいです。」
 わたくしは背後からその影に近寄り、直前に事務所で用意した護身用の電気具をその女の頬に充て、冷たく言いました。
「こちらを見ずに、手を後ろにしてください。抵抗は危険ですよ。」
 影は、女でした。暗がりですが、見た目は想像より小綺麗にしているのがわかりました。御園生くんと同い年くらいにさえ見えました。
「……。」
「危害を加えるつもりであれば、とっくにそうしています。聞きたいことがいくつかあります。」
 わたくしは、殆ど抵抗をしない様子のその女性を確認しつつ、後ろ手に用意した紐で手早く縛りました。墓地の暗闇から一緒に階段を降りると、ゆっくりと事務所の手前に進み、車(キャロル)のドアをあけ、助手席に座ってもらいました。事務所では外からも丸見えで、前を人が通ると、監禁と言われても困ると思ったからです。
 助手席に女を座らせ、わたくしは運転席に座りました。事務所の前は不安だったので少しだけ車を、人気の更にない墓地の桜並木の方に移動させました。闇の中、車上灯をつけると女性は真っ赤な髪の毛を帽子の下からはみ出しているのがわかりました。
「あなたは、どなたですか?」
「……。」
「なぜ、わたくしを尾行けたのですか?」
 わたくしも、自分の方で聞きながら、多少は気が動転していて、どう始めていいのかも分かりませんでした。
「なぜかは聞きません。どうやって、わたくしの居場所を知ることができるのですか?」
 女性の顔を見ました。尾行と言っても諜報員のような体を鍛えている風情もない、連絡員のようなアルバイトのような感じです。
「……。」
「先ほど、墓地の北端であなたはわたくしを尾行していた。恐らくですが、この車のどこかに細工をしましたね?」
 わたくしは時間と共に少し落ち着き、言葉を上段に構え始めました。
「この車には細工がある。はい。答えなくても構いませんよ。」
「……。」
「我々はいま、とある、葉書の問題や、不気味な依頼人の問題を抱えている。そのこととあなたは関係しますね。」
「……。」
「荷物を見せてもらっていいですか?」
 わたくしは彼女の抱えたかばんを取り寄せ、蓋を開けました。どのような環境でも女性のかばんを開けるというのは、嫌なものですが、携帯電話、紙袋に入れた札束、大学ノートらしきもの、などが見えました。大学ノートをまず開きましたが、殆ど何も書いていませんでした。
 携帯電話を見る気にならずに悩んでおりました。するとふとそこに携帯がもう一つありました。今どきの若者は携帯電話も二つあるというのはよくある話です。仕事用と私用が別なのであれば、仕事用だけを見ようと、思いました。
「どちらが、こういう仕事のためのものですか?」
「……。」
「この携帯、二つありますよね。」
「ふたつ?」
 初めて聞く女性の声が思っていた以上に透明感があるのを感じながら、わたくしはハッとしました。片方の少し大きい方は実は携帯電話そっくりですが、画面が違う気がしたのです。
「なんだこれ?地図アプリだけなのですかね。」
「……。」
「これは、なんだろう。」
 地図の中に緑の点滅があります。
「これは、この画面の中で光ってるのは、西麻布の、つまり我々の現在地を指していますね。」
 わたくしはその時、自分の予感が当たったのを感じました。二重橋でも今もこのキャロルにはGPSが付けられていた。この自分の体ではなく、車にであればーー。
「つまりこの緑色はこの場所を意味していますね?」
「……。」
「あなたは一人?他にいるのですか?」
「……。」
「もう一度聞きます。答えなくてもいい。あなたの仲間は近くにいますか?この状況を見て、なにかあなたのリスクが発生していますか?この状況だとあなたの仲間はあなたに危害を加える可能性まで生じていませんかーー。」
 わたくしは目の前の女性があまりにも若く、むしろ幼い年齢なのにどうも会話がうまくできませんでした。これが守谷や風間のような相手であればもっと雑に自分の知りたいことだけを聞けると思うのですが。
「どうでしょうか?」
 赤い髪を帽子からはみ出させたまま、女性は空虚な表情のままで何も答えません。
「大丈夫。答えたくなければ答えなくていい。」
 わたくしは、しばらく墓地の周りをゆっくりと車を走らせ、その緑の点が同じように動くのを確認しつつ、青山一丁目の交通量が多いあたりで、車を路肩に止めました。ここならば逆に、何かがあっても人目がある。歌舞伎町にいたような人々も流石にここでは暴威は振るえない、と自分に言い聞かせつつ、
「尾行はあなた一人だと考えていいのですか?」
「……。」
 わたくしは、彼女から奪ったスマホ風の機材を見ながら、
「この緑色のGPSですね。つまり、この車につけたってことですよね。」
 GPSは先ほどの事務所の前から青山一丁目の現在地に移動していました。
「違いますか?」
 この車に取り付けたでしょう、という目でわたくしは女性を見つめましたが少し臆してはいるものの女性は焦ってはいません。何を考えているのか判らない、意図の読めない表情のままです。
 わたくしはGPSをもう一度見て、緑色以外にも青の...

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