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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 177 章 百七四 解凍時間(石原里見巡査)

百七四 解凍時間(石原里見巡査)

 石原は本庁に戻る間、二度三度、という言葉が頭から離れなかった。
 地下鉄車両が何らかの情報共有の場なのであれば同一の人物が、定例の場所にくりかえし少なくとも二度三度、現れているはずだーー。
 まずは、車両の映像をスマホでだけではなく大画面のパソコンで静止画にして画像を複数並べて拡大して見直したい。
 それにはカメラのデータをパソコンに落とし、大画面で確認しなければならない。
 六階は人が疎らだったが、石原は念の為個室に入った。盗撮用の機材をカバンから取り出しパソコンへのデータ転送作業を始めた。秋葉原で買った高性能カメラは撮影したものは超高性能だが、データを転送して取り出すことに時間がかかった。
 単純な待ちの作業になった。
 石原はまた大学ノートを取り出して、ここまでの整理をこの時間ですることにした。
 ①今週の太刀川尾行
 九月十日  本郷三丁目、竜岡門方面へ 見失う
 九月十一日 埼玉八潮駅、住宅方面へ 見失う
 九月十二日 確認できず
 九月十三日 二重橋 大企業ビル
 九月十四日 埼玉八潮駅、川田木家へ
 太刀川龍一の行き先は決まっていない。東大生を三人育てた埼玉の母に会いに行くこともあれば、母校の本郷三丁目の駅に行くこともある。大手町二重橋で大企業の人間と会うこともある。少なくともオフィスは持っていないように思われ、目的も散漫に見える。
 埼玉については、三人の東大生を育てた川田木という家に太刀川が通っているのは把握できた。なんでも寝たきりの東大生の支援を行っている可能性があるがまだ詳細は不明である。これは彼が進めている慈善活動に関係しているものと思われる。いくつかの慈善についてはWebで非公式に把握はしているが、こちらも太刀川側が明確に事業として喧伝はしていない。あくまで、参加しているNPO団体などのホームページで太刀川の写真が露見されることがあるという程度である。
 本郷周辺については、太刀川は一体何をしているのかは未確認のまま。本郷の竜岡ビル四階は彼が創業した企業の最初のオフィスを借りた場所だったが、不動産屋によると太刀川本人が一連の騒動の後に買いとったらしい。だがこの部屋をとして使用している形跡はない。少なくともここに人員を集めたりはしていない。また本郷周辺という意味では、この部屋の他に、本郷三丁目駅にある文庫本置き場をなんらかの連絡行為に使っていないかも気になる。とくに携帯を持たずオフラインでの連絡を行う太刀川にとっては、掲示板伝言板をどこかで使わざるを得ないのではないか。
 ②地下鉄の仮説
 太刀川の目的地は地下鉄の降車駅ではなく、目的地は地下鉄の車両の中なのだと仮説できないかーー。
 結果的にどこに行ったかではなく、毎朝六時半の日比谷線で、暗号的な定例連絡会議を行っている可能性がないか。そう仮説すると幾つかのことが腑に落ちる。毎朝同じ時刻に乗車することや、車両がいつも広尾方面寄りの後ろから二番目であることも、誰かが同乗していて何かを日々伝えているなら合理的であり、日々の連絡を行うのにオフィスもメールもない人間には時間を定めた<空間>が必要なはずだ。
 数百億円の資産で何かの意思がある場合。年利六%で運用したとしても、数十億円ちかい金額を複利で得ている。数百人の人間を雇える可能性がある。太刀川に何か目的があるなら(以前、放送局やメディアを買収しようとしたような)ば、何らかの形で協力者を雇用するはず。インターネットを否定している太刀川なりの設計があるのでは?メールも電話もチャットもSNSもできない場合、実は自分のチームでの情報や命令の共有も難しくなる。
 地下鉄の車両を定例の会議につかうのは違和感はない。オフィスを持てば住所に紐づくことになり組織は公然となる。が、公共の交通機関の走行中であれば、どんな場所にも紐がつかない。現在ダウンロード、転送中だが、十三日と、十四日で撮影した太刀川の地下鉄動画の中に、同じ人間がいる可能性がある。少なくとも「定例会議」なのであればメンバーは何人かは再度乗り合わせる。毎日参加する人間がいてもおかしくない。
 この点は、今後の朝の撮影が叶えば、ある程度データは蓄積されるかも知れない。この動画解析を本庁の科学技術班で行うと、銭谷警部補と石原の作業が庁内で開示されてしまう。やるにしても、もう少し情報を集めてからにしたい。
 ③銭谷警部補宛に、送り主不明のメールがある
 このメールの送り主は、銭谷警部補曰く、警視庁を辞めた金石元捜査二課警部補の可能性が高い。金石元警部補は、太刀川関連の事件で銭谷警部補と組んでいた人間である。
 本を読め。本末の転倒。飲みすぎは、やめておけ・・・
 孤独。被害者の孤独・・・
 文学的に言えば、百の事件には百を被害者がある
 郷に入りては郷に従え・・・
 不思議な、というか、よくわからないメールである。メールもそうだが、金石元警部補についても不明点が多い。銭谷警部補と五年前に警視庁で最強のタッグを組んでいた。捜査二課のエースだった。独自の取材網を持っていて、銭谷警部補も一目置いていた、などが客観情報である。
 この人物からと思われるメールが、毎回送信してくるアドレスが違っていて、迷惑メールに入るのを、銭谷警部補はわざわざ、定期的に拾いに行く。そこには金石元警部補と彼の間でしかわからない内容が書いてあるという。ただ、具体的に情報があると言うより、過去の二人の間での会話の周辺になんとなく関わっているという。これは銭谷警部補の主張でしかない。
 なぜメールが送られるのか。内容は何かを意味している暗号などなのか。
 この二点については時間を置いて銭谷警部補に問い詰めるべきかもしれない。少なくとも現状はこのメールの内容を共有することに相当難色があった。彼が開示していないいくつかの情報もあるのかもしれない。
 ④五年前の事実の整理
 メールは、五年前に、金石元警部補が突然警視庁を辞めた後に始まっているらしい。五年前、金石警部補が辞める直前まで二人は太刀川周辺の事件を追っていた。六本木の事件で一旦捜査本部はできていたが、すぐに解散になった。その周辺に一連の疑獄があることを仮説し、焦点を当てて隠密の捜査を続けていたという。
 その捜査が金石元警部補曰くかなり前進をしてきたところで、なぜか、潮目が変わり、報道の方向も変化があり、捜査は事件性なしの形で解決し、打ち切られた。どのタイミングかは知らないが、金石氏は警察を去ったという。その後の連絡先を銭谷警部補は知らない。おそらく辞めたというより、失踪に近い形だったらしい。連絡不能の状態が続き、そうしてしばらくした後に、一連のメールが来るようになった。
 六本木事件についてーー。
 女性の死亡は事故死で解決済が警視庁の方針。死因は「本人による薬物の過剰摂取」となっている。六本木事件といえばこの事件をさすが、銭谷警部補はこれに加え、二つの不審死を、六本木事件として一緒に捜査定義している様子がある。ひとつは沖縄での会社社長の不審死。もうひとつは六本木での別の死亡事故らしいが、この点は銭谷警部補はまだ、不明点が多く話す段階にはないという。沖縄の不審死も沖縄県警からは早々に自殺と断定されている。...

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