百七三 自問自答(人物不詳 村雨浩之) (前被りチェック)
男はこれまでのことを回想し整理をしていた。
いくつものことが、予定とは違って来ている。
まるで自分の過去を公然と暴こうと、暗闇から追いかけてくるような、そういう何かの存在を感じる。自分は完璧に過去を消したというのに。
腑に落ちないままだった。
自分の過去。
過去は現実でしかない。
反して、未来はまだ現実ではない。
未来をつまらぬ現実の犠牲にするのか?
それとも現実を超えた夢にするのか?
全く別の人間になることができるというのにーー。
自分が求める新しい夢の世界を実現する。
過去を捨てることで新しく前に進む。
インターネットが悪い。
過去のしがらみから抜け出せなくさせる。
世界にはこれだけ過去を消し去りたい人間がいるのに、その過去を刺青にして消させまいとする。
それがインターネットだ。
男はじっと、その袋を見た。
袋の中に入っている男の歴史を、見つめたと言っていい。
やはりーー。
袋の中の男は何も持っていなかったのだ。ーー。
その日暮らしの生活で、いつもゼロなのだ。失うものも何もない、つまり何も持っていない。逃げたり何かを守る必要はない。だから行動が予想の方角へ進まない。せいぜいネットを検索し、警察の外側の探偵に相談するくらいしかなかったのだ。
男はさっぱりと、そう結論づけた。
もうこの人間たちはそれでいい。
作戦は変更だ。
大事な変化が起きている。
そう。よくわからぬ探偵がくだらない動きを始めている。
慎重に行わなければ、自分にも被害が及ぶ。
その設計変更については、既に十二分に考え尽くした。
プランBもやめ、今しがた完成させた最後の作戦で処理をしよう。これでいい。
世の中が求めている通りにーー。
簡単なことだ。
簡単なこと。
死体にするのだ。そういうことだ。
それが世の希望のはずだ。
そうして、世の中はしばらく、満たされる。
現実を忘れて、観劇に慰められる。
作戦は想定できている。
そのリスクも細かく検証した。
密室が中々いい東京の真ん中にあったのだ。
男は、ゆっくりと水を飲んだ。
袋の隙間から風間がじっと自分のことを見つめている。
「意識を取り戻しているようだな。」
「……。」
風間はじっと男の方を見上げた。
手足は縛られたままである。
「この顔を見てしまったのでは、死んでもらうしか無くなったということだな。」
男が開き直っているのを見て風間ははっきりと恐怖した。
口のテープが外れるかというぐらい顔面を引き攣らせてている。
「うるさいぞ。」
男はそう言って、風間の顔を激しく殴った。
「まあ、今更、探偵に相談したのも、奴らが江戸島に向かったのも、どうでも良い。お前が馬鹿な判断をしたまでだ。後悔は先に立たん。方針は変更されたのだ。」
「……。」
「アスファルトの通りにただ殺し合っていれば、葉書を設計した人間の希望通りで済んだのだ。お前の嫌いなオザキを殺せばよかったじゃないか。人生を狂わせられたのもアイツのせいだっただろう?それなら少なくとも三人のうち、一人は助かる可能性があったのにな。」
男はもはやヘリウムの声ではなかった。彼本人の声が、暗い部屋に静かに響いていた。
無言になると、不気味な暗室はパソコンの光とファンの音だけに暗闇が浸っていた。手足を縛られ椅子にくくりつけられ口を塞がれた風間は、その悪魔を見たような目だけを皿のようにして、何度も獣のように首を振りながら、男を睨み続けていた。