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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 174 章 百七一 埋立地の夜 (赤髪女)

百七一 埋立地の夜 (赤髪女)

 赤髪女は、背中にいた男が言う通りの千秒を数えていた。
 やはりどこかで気になっていたことが現実になった。つまり、自分に長年指示をしてきた組織と、いまの指示者は全く別だったということだ。ヘリウム声の男は、新参者なのだ。金額は今のヘリウムのほうが大きい。どこか策も細かく若い印象さえある。
 これまでは一切人間の香りがしなかった。最初に社長さんの紹介で始まったとはいえ、赤髪女はその組織の人間に対面したこともないし、会話どころか声も聞いたことがない。だから、今回、岩のような迫力で生身の声を話す人間に背後を取られたのは驚愕だった。気配も出さずに背後取る能力そのものにも恐怖があった。
 質問もしつこくなかった。
 むしろ、指示者のことはある程度調べ済みで、その上で赤髪女に質問しているようだった。
 もうひとつだけ特徴を挙げるとするなら、声の位置がかなり高かったことだろうか。
 身長が高いと思った。それも普通の高さではない。二メートル以上あるのではないか?
 それにしても、どうやって自分の背中を取ったのか。行動を相当長い間に渡って尾行しなければ、この場所にこれない。叫ばれることもあるから街中や、駅ではああいう会話はできない。場所は限られる。さらには赤髪女がヘリウムの声の男と電話をしていることまで、知っている。そこまで把握しているということは、相当な時間をかけて調べているということだ。
 赤髪女はぞっとした。
 そのせいで千秒を数え間違えた。
 数え直しだ。
 赤髪女は後ろ手で男に掴まれた場所から埋立地の突き当たりまで歩いた。まだ一度も後ろを振り返ることはできないままだった。かもめが自由の象徴のようにふわふわと海風に乗っていた。
 これまでの仕事は単純だった。ものを運ぶ仕事、道に落ちたものを拾って届ける仕事、同じように落ちていた携帯電話を拾い、そのメッセージの通りに簡単な作業を行う仕事。そうしてその携帯電話を確実に廃棄したりするような意味不明の仕事。わざわざ夏祭りの焚き火に投げ入れたのを思い出した。
 どれも単純な作業だった。指示があればそれをこなすだけ。途中に変更もなければ当然、連絡もない。相手の人格も分からなければ、一体何が目的で作業をしてるのかも、不明だった。
 それが今回は違う。
 ヘリウムの声とはいえ、会話である。指示が二転三転する。そして命令の量が多い。その変化の理由を赤髪女は、最初は自分の立場が上がったからかもしれないと思っていた。実際に金額は増えている。
 赤髪女は背中を掴んだ男の、凄まじく冷たく強い力を手首に思い出した。重金属のような不動感だった。声は感情のない冷たさだった。
 駅まで戻った時、携帯電話が鳴った。
 ヘリウムの声だった。
「これから、新木場駅に戻り、探偵事務所の方に向かいます。」
「抜かりなく願おう。金を置く仕事の方は、うまく行ったのか。」
「問題ないはずです。」
 改めて、指示者の声を冷静に赤髪女は聞いた。ヘリウムの声。一体何者なのか?何故こんなことをしているのか?考えたことなかった。この人間は誰なのだ?なぜこんなやり方をするのか。私の何を知っているのか。
 とはいえ、この人間にも狂気がある。
 忠誠を失えば、何をするかわからない人間であることは、言葉の端々に感じられている。
「尾行が優先でしょうか」
「うむ。」
「今は、探偵の社用車が、なぜか青山の墓地の反対側にありますので、戻って調べようと思います。」
「彼らは、人を追いかけているはずだ。それを調べるのだ。」
「はい。しかし。」
「口答えはいらん。作業ありきだ。作業をしろ。」
「はい。」
「探偵の奴らは何を考えているのかを拾え。なんでもいい。とにかく尾行するんだ。」
 赤髪女は、やはり指示者がいつになく感情的なのが気になった。いや、あの背中を掴まれた冷たい重金属のような男の迫力に比べてしまえば、誰しもがそうなるのかもしれない。
「そういえば、昨日の朝の尾行だが。」
「はい」
「江戸島、いや、 大手町のビルの役員室に探偵が行ったと言う話があったが。」
「ありました。」
 赤髪女は指示者が意外なところに話を戻したのを感じた。
「繰り返すがそれは確かだな?」
「はい。確かです。」
「うむ。」
 指示者はそう頷いてから、長い間沈黙をした。それは指示者には珍しいことだと思った。電話をしていることを忘れてしまうくらいの沈黙が続いたあとに、
「では、今からいうことを覚えろ。」
 と、冷たく引き続きヘリウムの声のまま言った。
「少し待ってください、メモを。」
「メモはいらない。覚えろ。」
「はい。」
「それから、今鞄に入っているものを教えろ。」
「カバンですか?」
「質問はいらない。」
 赤髪女は少し押し黙った。
「いいか。」
「はい。」
「おまえを安い金で雇ってるとは思ってない。出来ないなら、今後の金についても補償はないと思え。」
 恐れていた言葉だった。赤髪女は、上級の覚醒剤の味わいを思い返していた。金を持っていなければ禁断症状でやってくれば、自分は耐え切れるか分からない。

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