百六七 倉庫街 (御園生探偵)
江戸島会長を乗せたタクシーは、青山墓地から西麻布を抜け目黒から品川へと、更に南へと向かっている。高速には乗らずに下道をしばらく走った後に、羽田より少し手前で幹線道路を曲がると、町工場が金属臭を隠さない埋立地らしい工業地帯に入った。
僕はタクシーの後部座席に体を埋めるようにして、少しずつ恐怖を覚えた。軽井澤さんの予感が当たったのかもしれない、とも思った。東証一部の会長が、社用車の運転手をわざわざ返してタクシーに乗り換えて向かうのが、会合の場所の空気のない、工業地帯なのだ。昨日の夜も、銀座の寿司店から会食の帰りに自宅のある代々木と逆の東京湾の方角に向かっていた。大田区は神奈川寄りで、昨日の有明方面とは東京湾を挟んで真逆だけれども、海や埋立地ということでは共通している。とすれば、江戸島会長は、昨日からもしかすると、不穏な行動を始めたのかもしれない。昨日からだとすると、我々の早朝の訪問が影を落としているという軽井澤さんの意見が信憑性を帯びている。葉書を見て表情が変わったという意見もそうだし、そもそも、見も知らぬ探偵社の朝のアポ依頼に対応したことからしておかしな話だったのを、僕は反芻していた。
その時、僕ははっとした。
タクシーが急に止まったのだ。僕は運転手に予め話したように、自然さを失わないようにそこを通り過ぎさせ最初の角を曲がって停めさせた。追い抜きながら見たとき、江戸島会長はタクシーを降りて、何か、小さな町工場のような場所で人に挨拶をしていた。
図X 東京湾の見取り図。大田区、港区、江東区