百五九 金町二 (軽井澤新太)
御園生くんが画面から降りた後、一瞬だけ米田さんとわたくしはテレビ電話の中に残りましたが、お互いにそのテレビ電話も降りて、画面の外で手を振りました。わたくしのいた喫茶店の奥の席にパンチパーマ風の体の大きな男性がいて、顔を上げました。実は、米田さんとわたくしは、同じ喫茶店の別々の席に陣取って御園生くんとコールをしていました。昨日別れた金町の駅前の喫茶店です。
「昨日は遅くまでありがとうございます。」
「いえいえ。」
「夜まで動いたので、近所のホテルで泊まりました。」
米田さんは照れ臭そうにそう言いました。
「ありがとうございます。無理させてすいません。」
「軽井澤さんもですか?」
「わたくしは一応、ひとり暮らしですから、どこに泊まっても同じですよ。」
わたくしが米田さんのテーブルに移動すると、店員が不思議そうな目で見つめておりました。
「風間、守谷の戸籍については、理解できました。自分の中で、戸籍の問題で腑に落ちました。つまり、風間も守谷も、どこかの土左衛門の戸籍を使っていたと言うことですね。本当は風間と守谷という名前ではなく別の名前で生まれてきた。つまり、過去を書き換えた。」
「まあ、確実でしょう。八十歳の人間ではなさそうですからね。」
米田さんはそう言って静かにわたしを見つめました。
風間や守谷という人間をいくら追いかけても、何も新しい情報が生まれないのは当然です。
いまの司法制度では殺人が死刑になることには直結しません。一人を殺したのでは、無期懲役にもならないかもしれない。結果、本名Aという人間はある時間を経て世の中に戻ってきます。恐ろしい殺人を犯した人間が「もう反省した」という体裁で世の中に復帰をするのです。
しかし世の中の側もそのことについては、放置をしておりません。古来、社会的制裁というのは非常に緻密に日本社会には存在します。殺人を犯したAという名前で、商売を始めたり、就職をするなどというのは相当厳しいのが現実です。
そこで、殺人受刑者は本名Aを捨て、全く別の名前と経歴をもつ戸籍を買うことになる。
その新しい戸籍が、風間正男だったり、守谷保だった、ということです。
おそらくそのため、レイナさんがいくら探しても、風間や守谷の過去の情報の収集がうまくいかなかったのでしょうし、ましてや御園生君とわたくしで、風間と守谷の名前をもとに葉書の共通点を探すことが少しも進まなかったわけです。生きていれば八十や九十の行方不明者である風間正男と守谷保という、犯罪とは関係のない鬼籍を追っていた訳ですから。
この理解は、同時にひとつ不気味な事実も新たに生じさせます。
葉書の送付者はーー驚くことに、そうまでして過去を捨てた二人の人間の今の住所を調べ葉書を送っているのです。
本名を捨て別の人生を始めた二人の住所と新しい名前を調べ、どんなにレイナさんが調べても紐つかなかった、新しい戸籍の名前である風間正男と守谷保宛で葉書を十四枚ずつ送付しているのです。自分の本名を捨て、新しい戸籍になって生活している人間にとって、その追跡ほどの恐怖があるでしょうか。葉書の送付者は、まるで
「逃げられるとは思うな」
という宣言をしているかのような、そういう恐怖そのものを送付しているのです。
おそらく難しい表情で沈黙をしたわたくしの目の前に、もう一枚の紙を米田さんが差し出しました。
「もう一つのご依頼の方です。」
少年A 実名 尾嵜憲剛
事件の主犯格
懲役二十年、戸籍は過去通り 現在綾瀬在住。
少年B 実名 山川敬之
懲役八年 戸籍は過去通り 所在不明
少年C 実名 小川慎二
懲役八年 戸籍は過去通り 所在不明
少年D 実名 乾健太郎
懲役三年 平成十年十二月 死亡
「ご依頼の過去の事件について、当時の少年四人の実名と、最新の情報になります。法務局では、基本的に少年の情報は紐づかないように少年法で定められていまして。ですので半分はまず、インターネット上で調べさせていただきました。過去の犯罪者は、ほとんど名前と住所付きで、晒されていますので。」
わたくしは、目を細めて米田さんの手書きの文字を見詰めていました。少しして自分の鞄から守谷の残したレシートを取り出し、見比べておりました。
「戸籍、住所などは間違い無いと思います。住民税の支払いなどは一切ないようです。つまり実質は行方不明になっている人間です。ひとりは既に亡くなっています。」
「明確ですね。」
「はい。当時<あれだけ>有名な事件でしたし、いまどきはネットのせいもあり、メディアや警察がいくら少年だったからといって過去を隠しても隠し通せることはないのです。その結果かもしれませんが、この尾嵜という主犯格以外は、全員行方不明です。まあ殺人犯としていくら懲役を終えても、社会には強く拒否がありますからね。むしろこの尾嵜は珍しいのだと思います。」
「そうですね。」
「はい。尾嵜は地元の暴力団に所属した関係で、住み残ったようですが。普通は、少年B,C,Dのようになるとは思います。」
わたくしは黙ってうなずきました。じつは、それはある程度は予想しておりました。
「ご依頼の二つ目。彼らと、風間や守谷とのつながりについてです。」
「はい。」
わたくしは呼吸を整えて、米田さんの瞳を見つめました。黒目が強い大きな目です。
「おそらく、可能性としては、Dは死んでいますから、このBとCとが風間、守谷につながる可能性はあると思います。あくまで可能性です。殺人犯の汚名を受けて生きるくらいなら、戸籍を買ってでもして、人生をやり直したいと思った可能性はあるでしょう。」
「はい。」
「ですが、すいません。結論から申し上げると、具体的な証拠的なつながりは一切、拾えませんでした。もう少しお時間をいただければと思いますが戸籍を買うくらい覚悟をして逃げる訳ですから簡単ではないはずです。まあ、警察関係では色々と把握しているのかもしれませんが、そこはやはり少年法が表向き強いのです。法務局には当然ですが、雑誌やネットの情報などは記載されないし、噂話が残ったりはしない。」
「そうですか。」
「まあ、ここで簡単に紐づくくらいでは、自分と別の戸籍を買う意味がないですからね。戸籍を買う時に全て紐づかないようにするに決まっている。ネット社会にもここは限界があります。」
「そうですね。そういうことでしょう、しかしだとすると、やはりあのハガキはすごいことですね。」
「そのとおりです。」
「戸籍を買って名前を変えた二人に、その先の住所宛先ふくめて追跡をしていたことになる。尋常ではない」
「はい。」
会話が重ねられてる間に頼んでいたオムライスとサンドイッチが運ばれてきました。二人はその間合いで会話を止めて、米田さんはタバコに火をつけたままスプーンを取りオムライスを頬張りました。ランチが始まるのか店中にトマトケチャップを炒める香りが充満しましたが、わたくしは食欲が出ずサンドイッチを置き去りのまま、
「守谷の残したレシートの文字が苗字だとすると、二文字が三名。一文字が一人。二文字の名字の二人が似ている名前だとすると、小川と、山川というのが実は近くなるのです。また、乾という一文字も、メモに当てはめる...