百五七 八潮駅 (石原里見巡査)
太刀川と石原を乗せた地下鉄日比谷線は霞ヶ関を超え、銀座を超えた。朝の静寂な車内に無理なカーブが多い日比谷線の軌条の音がうるさく鳴っていた。
(やはりおかしい)
と石原は思った。
気のせいだと最初は思っていたが、やはりおかしい。
というのも、地下鉄の他の車両に比べて、太刀川の乗る車両だけ乗客の数が微妙に多い気がするのだ。石原はこれまでの一週間を細かく思い出していた。後でもう一度見比べてみようと思っているが、そういう直感がある。銭谷警部補と話した通り、この地下鉄をなんらかの連絡手段に使っているのならば、連絡員の数にもよるが人数はほかの車両より多くなるだろう。捜査する側の意識過剰なのかもしれないが、インターネット以外で、オフィスも持たない太刀川にとって、何かの連絡ということに、公共の乗り物が<悪くない>ように思える。石原は自分の直感をなぞっていた。
数百億円とも言われる資産。その資産をさまざまな用途に使う。当然、人を使う。メールもオフィスも持たない太刀川が、その人間たちとの連絡の場所として、この公共の交通機関を使っているーー。
日比谷線が、銀座、築地を過ぎ、秋葉原についたところで、太刀川は電車を降りた。
変装の自信もあったせいか、石原は堂々と太刀川を尾行した。いや正確には石原里美巡査の扮した中年男が歩きスマホをしたまま太刀川の後を追った。地下通路から別路線の入り口、つくばエクスプレスと言う茨城埼玉に向かう列車のホームに移動した。よく見ると、その電車は初日の尾行で北千住から乗り込んだ路線だった。既に七時台になってはいたのだが、下りのつくばエクスプレスは乗客は疎らだった。太刀川は今度は座席に座って文庫本を取り出して読み始めていた。日比谷線とは違い、太刀川の車両にはほとんど人がいなかった。石原は再び隣の車両に陣取り、また同じ手順で撮影を開始した。
列車は最初は地下を走り、東京らしく、少ししてから地上に出た。
太刀川は数駅目で席を立った。
降りた駅をふと見覚えがあると思った。実は初日の尾行と同じ駅だったのだ。前回石原はこの人流のまばらな街の住宅街での尾行をやめた。今回は少し大胆になっていた。いや
R0224
の言葉を借りれば石原里美はそこには不在だった。そこには入念な変化(へんげ)を施した中年男が偶然歩いているに過ぎないのだった。そういう自信が尾行を前回とは違う段階まで継続させていた。万が一ばれても、また別の変装を行えば良いという割り切りを石原は持っていた。隠したカメラで見ているかぎりこちらに気がついている様子は一切ない。
太刀川龍一は駅を降りると、ゆっくりと駅前広場(ロータリー)を離れ住宅街の方へと歩いていった。遠目にその方角を合わせて追いながら、再度今、降車したばかりの駅名をもう一度見つめた。八潮、という駅名だった。そう、八潮だ、とおもった。太刀川を尾行した初日もこの駅だったーー。