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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 157 章 百五四 車内撮影  (石原里見巡査)

百五四 車内撮影  (石原里見巡査)

 石原は太刀川が六本木通りを歩いたのを見て尾行を開始した。正確には石原が変装した、肩に黒い合皮カバンをかけた中年男が、である。
 毎日、同じ時刻、六時半ちょうどが続いている。日比谷線だと六時三十五分に北千住行きがある。大江戸線にはまだ同乗はなく全てこの日比谷線の三十五分を使っている。目的もなく暇つぶしのように動くのにも関わらず、毎朝同じ電車に乗るサラリーマンの通勤のようでもある。
 三十五分発の日比谷線北千住行きがホームに入ってきた。太刀川の隣の車両に石原の扮した男は乗った。十五メートルほど先、車両連結部分の先に太刀川が立っている。扉近くに腰掛けると、合皮の肩鞄を膝の上に置いた。そうして太刀川の乗る車両を撮影するレンズを嵌めた側をそちらに向け、接続したスマホを見ながらカメラの焦点を太刀川の横顔に合わせる。太刀川は椅子には座らず、戸袋のところに立っている。
 カバンに取り付けたこのレンズを発見することはほとんど不可能だろう。カバンを一センチだけ切った穴にカメラをはめていて、誰かに言われれば、その穴を塞いで仕舞えば良い。万が一気がついたとしても公共の場所で人の鞄を開けろとはならない。
 準備が整うと石原は静かにスマホの上から撮影のボタンを押した。画面には石原から直角に九十度右を向いた映像が映し出されている。そこには何食わぬ顔で隣の車両に一人で立っている太刀川が写っている。
 昨夜何度も見て確かめた通り、撮影の画質は十分だった。列車を縦に奥行き深く撮影するため焦点(ピント)が不安だが、こうやって今細かく操作して合わせることができた。人物の表情などはなかなかの品質だ。今後、毎日撮影していけばいいのだと、石原は自分に言い聞かせた。焦る必要はない。
 太刀川龍一が毎日こうやって地下鉄に乗るのが石原にはどうしても納得がいかなかった。ネットとの関わりも捨て、もう世捨て人になって全てを放擲して暮らしているならそれでもいい。無目的に、朝から地下鉄が好きなだけ、なのであれば。
 しかし、太刀川の表情や眼差しには、仕事を諦め捨てた人間のような、そういう晴れ晴れしさを感じない。株全てを売却し、全てを諦めた人間の表情には見えない。まだこれから何かをしようとしているような、男性的な熱さえ感じる。そういう眼差しはなかなか、朝の地下鉄では異質だと思う。
 石原はスマホの中を見つめた。
 朝の北千住行きは乗客もまばらだった。最後尾の八両目の車両に太刀川は乗っていて、その手前七両目に石原がいた。傍目には、ゲームかなにかにのめり込んだ中年男にしか見えないだろう。
 R0224
 の方針の通り、石原は心を落ち着けて、中年の男そのものの人格になって、スマホを見つめ切っていた。

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