十二 とある暗室(人物不詳 村雨浩之)
男は1日の仕事を終えると、一人になる時間をえた。
都内の秘密の場所に設定してある「その一室」に入る。
誰にも教えていない、誰もいないこの部屋は、室内の照明もつけていない。煌々と古い年代物のPCの電源だけが光っていた。
暗がりに設置した古いPCを開くと、画面の光で室内が明るくなった。
インターネットをIPアドレスから作り込み、設定する。
いわゆる合法プロバイダーではない設計でネットに繋がったDW(ダークウェブ)である。アカウントは海外のどこかで作られた数億近いプロンプト計算が必要なもので、ランダムに定期的に乗換が行われる。そうやって、足が誰にもつかない形をとっている。
男は仕事をする場所として、この一室を使っている。ここは、誰とも接続されない場所、だからだ。
この一室の秘密には十分な自信が、男にはあった。この部屋の存在自体がもう、どこにも登記されていないのだ。更にそのIPアドレス自体が一定ではなく、繰り返し変更される。個人情報というものが存在しない部屋を男は作っていた。
闇売買の市場は賑わうばかりだ。
日本人だけが知らないだけで、世界中で進化を遂げている。そもそも国家ぐるみで犯罪を行っている国さえある、とも言える。警察も官公庁もこの領域を確保しようと必死だが、難しいだろう。多くの日本人は知らないし、信じたくもないだろうが、テクノロジーの領域では日本国は恐ろしい後進国なのだ。
DWの世界にはさまざま商品が販売されている。
反社会で生きる人間などは携帯電話も住所も持てないわけで、そうなればこういう見えない市場が育つのはある意味当然である。問題はそれが日本では管理できないくらい海外の技術で支えられているということだろう。
社会的に抹殺されたもの、前科者、ある事情で参加ができなくなった人間たち。そういうインターネットに正面から参加できない人たちが、ここに集まる。集まるから市場が立ち、金が動き始める。人間の3%が犯罪者だとするとそれは、日本でユーザー300万人のマーケットなのだ。そしてその収益は全て海外に流れている。
名前も全て偽名。新興の仮想通貨や、ワンタイムのデジタル通過が、送金手段になる。
金融庁や警察がいくら取り締まっても、変わらない。最新の技術はハッカーたちが先に行くからだ。
日本の警察が気がつく頃には、そのサイトは跡形もなく消えていく。便所の落書きが定期的に清掃されてきたように、消されては、また最新の技術で新しく重ねられていく。
男はそれらの技術に精通していた。
男はこの場所で、さまざまな取引も、時には人材のスカウトも行っていた。
あの赤い髪の女も、元々はここで見つけたのである。