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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 149 章 百四六 変装譚 (石原里見巡査)

百四六 変装譚 (石原里見巡査)

 石原はその人間の言葉が好きだった。
 その人間は存在そのものが特殊だった。そもそもSNSでしか触れることはできない。テレビには出るわけがないし、街を歩いて会えることもないだろう。実体は不明だ。ハッカーだという噂もある。性別も年齢も不明。名前も、言葉も、すべてアノニマス。もしかしたら老人かもしれないし、中学生かもしれない。
 R 0224
 というハンドルネームで、プログラム言語周辺の知識を語っている。石原にはわからないがその方面の発言では開発者の中ではカリスマ的な人気があるらしい。またそのアカウント自体を定期的に廃止して新しいものに変えるのもおそらく自分の素性を強く隠蔽しているがゆえかもしれない。
 石原が何より興味を持ったのは、このR0224の変装についての知見や考え方だった。そもそもネット上でも顔も声も素性も晒さぬのだから、変装者のようなものなのだがーー。
 変装についてのR0224の語る細かい技術が面白く、石原には役立った。
 警視庁で誰かが変装について教えてくれるわけではない。ありがちな、いくつかの小道具は拝借はできたが、細かい最新の技術は用意がないし変装を指導するような担当者がいるわけでもなかった。ましてや銭谷警部補の作業のためなどとは言えるわけがない。その点、R0224は、細かく変装のことを紹介している。まさに自分が変装家として、変装の課題について書いているのである。
 表現が面白い。メガネや、服装のことから始まらないのだ。
 変装には、まず、精神的な世界が大事だという。
 自分ではなくなること、見えない部分から変更すること。違う人格を生きること。通常の人格の記憶を失いさえすること。それぐらい危険なことまでして初めて、本当の変装が成立する。
 石原はここまでのことはできないと思いながらも、
 R0224
 の言葉を参考にするようにしていた。実際に役立った。先日は銭谷との面会の時に男性用の下着を持ち歩いたりしていたから、少し恥ずかしくなってしまったが、変装している間はかなり安定があった。そこまでこだわると、尾行という不自然さが昇華して、自分がこの世界から消える感覚がある。やがて純粋な別人格の通行人になることができ、そして風景の中に自然に溶けていく気がした。例えば太刀川が突然立ち止まっても、こちらは変な所作にならない。
 とはいえ荷物にも限界があり、また、トイレで着替えるにしても女性トイレから出てくる中年男はまずいのもあるから、出来る限り、自宅からやらなくてはならない。外出先でやる場合は、ある程度は人通りの少ない場所を探して調整するしかない。
 眉毛を男性のように書き、そして黒くこれも流行とは少し違う質の眼鏡をかけた。ネルのシャツは青紺と白で、ジーンズもスニーカーも石原が日常絶対に履いたりしないものだ。変装は人格。内面から、という
 R0224
 の言葉が強く生きる。鏡で見てもそれが自分とさえ気がつかないほどに。そしてそれが結果として自信になる。その自信が万が一太刀川が振り返った時に最も自然な対処をさせてくれる。
 今朝も石原里美は六本木の駅の入り口を遠目にして、太刀川が通るのを待っていた。

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