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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 148 章 百四五 白いテーブル (レイナ)

百四五 白いテーブル (レイナ)

 レイナは白いドレスのような正装をして、着席していた。
 真っ白く長いテーブルにワインとシャンパンや、贅を尽くした幾つもの料理が置かれている。
 SNSのアイコンのような画像を覆面にした人間が何人も席に座り、グラスを酌み交わしている。やがて酩酊し出す頃にその中の幾人かがマスクを取り、素顔を晒していく。覆面から素顔になる。一人、また一人とその覆面(アイコン)を脱いで、改めてお酒を飲み交わしていく。
 ふと気がつくと、同じテーブルに軽井澤さんと御園生くん、米田さんが素顔のまま座っている。いつもと違ってスーツにネクタイをした三人が少し他所行きの会話をしたりして、既に自分の表情を晒しながら、酒を飲んでいる。
 ふとレイナは急いで自分のことを手鏡で確認する。
 自分も既に覆面(アイコン)ではなく、素顔でそこに座っている。
「レイナさん、おつかれさまです。」
 御園生くんが手を伸ばしてワインを注いでくれる。
「いやあ、こうやって仕事の合間にお酒を飲むのは最高ですね。」
 御園生君はいつも通り、楽しい表情でレイナを応援してくれる。その会話を軽井澤さんも米田さんも微笑みながら眺めている。
 仕事の話。
 プライベートの話。
 今回のいくつかの難題の話。
 会話はくるくると続いていく。
「素敵なドレスですね。」
「そんな、ありがとう。」
「風間や守谷ってなにがあるのですかね。」
「今、計算をいろいろ試みていますが。」
「ありがとうございます。僕らはレイナさんの才能と仕事をしているのが楽しいですよ。」
「ありがとうございます。」
「軽井澤さんも、たまに強引なことがありますから。」
「そうなのですか?」
「ええ。今回の事件は、僕もやめた方がいいと思っているのですよ。レイナさんにも負担が大きくなってはいけないし。」
 御園生くんがそう言ったときに、軽井澤さんは照れ笑いをした。先日の青ざめた顔色ではなく肌艶がいい。
「いえいえ。」
「僕も軽井澤さんに初めて出会った頃はいろいろありましたよ。」
「そうだったのですか?」
「あの事務所は風水が悪いですよね。」
「まあ、良いとは言えませんよね。」
 軽井澤さんも米田さんも爽やかな意見を述べ、食事とお酒が進んでいく。晩餐会というものなのだろうか。天井は高く、真っ白な大聖堂のような場所で、テーブルがたくさんあり、みんなお祝いのお酒を飲んでいる。
 会話の中でレイナは自分が自由になっていく気がしていく。
 自分の何を話しても受け止めてくれるような、そういう気がしていく。
 仲間と語らい打ち解ける喜びが脳から全身を駆け抜けていく。
「これからの時代を作るのはエンジニアだと思うんです。」
 御園生くんが言った。「レイナさんはすごいです。尊敬しています。」
「そんな。ただ、詳しいだけです。失敗も色々ですよ」
「なぜ、エンジニアになろうと思ったのですか」
「それは…。」
 気がつくとレイナは自分のことを少しずつ話していた。自分の過去についての言葉が、空気の上に声になって歩いている。それは不思議なことだった。
「施設にいたときに、パソコンがあったんです。」
「へえ。パソコンがあって良かったですね。」
「ええ。でも強いセキュリティがかかっていて」
「セキュリティ?」
「自分でそのセキュリティウォールを排除しました。」
「すごい。独力ですか?」
「ええ。それを相談する大人はいなかったので。」
「大人?」
「はい。相談する相手というか。」
「…なるほど。」
「エンジニア作業なんて、洞窟を掘ってるようなものでして。」
 ユーモアを交えたレイナにテーブルが笑う。
「でも、とにかくいろいろな言語に詳しい。PythonもJavaScriptもお手の物だ」
「そうですかね。普通ですよ。エンジニアなら。」
「最新のプログラム言語にある、量子コンピュータはどう思われますか?少し僕も、大学の授業でかじったんですよ。」
 御園生くんは開発言語に詳しい。
「実用的には、まだまだでしょうね。」
「あれはたしかハイデルベルグの不確定性原理が」
「そうです。」
「そういう基礎理論も、独学ですか?」
「ええ。大学にいってないんです。例の事情ですね。」
「例の?」
「はい。今日皆さんにお伝えした、まあ悲劇的な事情です。」
 レイナはふと、自分が自分で望まない言葉を話していることに気がついた。
「悲劇的な、事情ですか?」
「まさしく、悲劇ですね。喜劇ではなく。」
 そう言ってから、笑いがその場にも欲しいと思ったけど起こらなかった。
 あれとレイナは思った。
 少し潮がひいていく感覚がある。
 ふと、テーブルの反対側に、風間がいる。守谷もいる。そう言う表情の人間がもう二人ほどいる。
 座席が変わったのかもしれない。
 御園生くんも軽井澤さんもいるけれども、表情が少し硬くなっている。
 テーブルで、もう一度、自己紹介が始まる。
 仕事仲間だけだった時間が終わる。
 再び、過去を説明する。
「でもどんな失敗をしても、前向きに生きていかないとって思うんですよ。」
 なぜか、自分がそんな言葉を話し出している。
 レイナは説明を急ごうとする。
 自分がこのテーブルにいる大勢の人から否定される前に、早く、説明しなければいけない。
 急に息苦しくなるのがわかった。
 レイナの説明を聞きながらみんなが手元で検索をしている。
 続いて、風間も守谷も自己紹介をする。
 みんなそれぞれの相手を疑って検索をする。
 実際に誰かと直接会話をしたり見つめあったりするより、迂回して間接的にパソコンで相手を調べ始めている。
 そうして、レイナの自己紹介が二周目になる。
 なぜ、自分だけ二周目なんですか?
 レイナが言った。
 みんなはパソコンだけをみている。
 誰か天の声のような司会者がレイナに話しかけるのが聞こえた。
「犯罪を犯した人間だからですよ。」
「やめてください」
 レイナは小さい声で言う
「それは消えない刺青みたいなものです。そしてそれを、どう隠すか?ごまかして生きるか?そこに必死さが出ます。それは、犯罪をおかしていなければ、気にもならない微妙な作為です。」
「やめてください。」
「さっきまで、レイナさんは、まるで自分はそういう人とは違うかのように言いましたが、あんたは犯罪者じゃないのかな。そう言う表情に見えるけども。」
 レイナはその声の主を見る。一瞬自分なのかと思ったけども、自分ではない。見たこともない誰かが自分のような声で話しているのだ。そこには確か米田さんが座っていたはずだった気がしたのだが。
 ふと気がつくと、真っ白なテーブルに、赤い血が海のように広がり始めていた。
 あれと思った。
 その血はレイナのテーブルのどこかから始まっているのだ。
 誰もそれを見ていない。
 でも血の海はどんどん広がっていく。気がつかないまま、テーブルを赤く染めるのだった。軽井澤さんも御園生くんも気がついていない。彼らの皿や手にもその赤い血が着いてしまう。
「どうしたんですか?」
「気をつけて。血がついてしまいます」
「あれ、この血は?」
 ふと見ると、血が自分の手元から出ている。
 ちがうんです。
 ちがうの。
 これはわたしではないです。
 みなさん、見...

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