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星空出版 HOSHIZORA PRESS

ミステリー・連載

パラダイム

下代沢侯二
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第 147 章 百四四 待合せ (軽井澤新太)

百四四 待合せ (軽井澤新太)

 わたくしは金町の駅で降り、再び河川敷のボクシングジム周辺へと向かいました。
 一定の吐き気や脳の刺感は変わらずに続きますが、どこかで覚悟を増やしたわたくしは、具体的に何をするのかだけは心に描きつつありました。
 最初に向かった昨日のボクシング・ジムには、若い人間しかおりませんでした。わたくしはボクシングの準備はせずにすぐに、用意してきた質問をいくつかしました。ジムの青年は少し目を丸くして、
「詳しいことは社長に聞いて欲しいけど、社長は今日はいないですね。」
 ぶっきらぼうにそう言いました。
「そうですか、明日は?」
「わからない。ええと、まあ多分いると思うけど。」
「なるほど。」
 それだけ聞くと今度はわたくしは駅の方に戻り、駅前の交番に入り、当番の警官に話しかけました。
「少し聞いてもいいですか?」
「どうしました?」
「とある昔の事件なのですが。」
 駅前交番の若い警察官は、
「昔の事件ですか?」
 と、不思議な表情をしました。そもそもその事件も然程知らないようでした。もう一人の警察官も若く、わたくしの話を聞いたけれども茫然としていました。無理もないでしょう。彼らが二十歳とすれば生まれるずっと前のことなのです。
「何かの新しい事件ですか?」
 彼らはわからないなりに、真面目にそう聞いて参りました。今は忙しいのだ、というような気持ちが表情に出ています。
「いえ、ちがいます。新規の事件ではないのです。」
「どんな事件ですか?」
「少し古いんです。」
「どれくらいですか。」
「そうですね。もう三十年も経つかな。」
「三十年ですか。それをここで言われても難しいかもですが。その事件を調べているのですか?」
「いや、事件というか。もう事件事態は解決というか犯人を探すとかそういうことでもないんですが、その、関係した人間の現在を調べていまして。」
「犯人が逃亡しているとかではなくてですか?」
「犯人はもうすでに、刑務所をへて出所しています。」
「出所している?つまり更生ですか?」
「そうですね。」
「それは個人情報の問題もありますね。」
「はい。そうだと思います。」
「それをここで話すというのも難しいです。一体どんな事件のことかは知りませんが。」
「はい。」
 そこでわたくしは思い切って、想定する個人名、つまりジムで言った名前や事件のことを話しました。しかし若い警察官はその事件を知らないのか、ピンとこない様子でした。多忙にも関わらず話は聞いてくれるのですが、噛み合わないままでした。
 わたくしはもう二つほど、交番を回りました。どの交番もまだ若い警察官がハキハキと対応はしてくれましたが、過去の事件のことも、過去の犯罪者の個人情報のことにも関わる会話になりませんでした。
 そうしてから、もう一度、ジムのほうに戻りました。思い切って、ボクシングジムの若いスタッフに、わたくしの想定する過去の事件のことを、交番以上に詳しく話しましたが、
「何も知らない」
 と答えるだけでした。そして、期待した社長もやはり今日は顔を見せないようでした。
 わたくしは最後に、もう一度繰り返して、とある時期にこのジムに通った人間の名前だけを伝えて、ジムを後にしました。おそらくオーナーはその名前を見れば、何かを思い出すと思ったのです。わたくしのことは名前も思い出せないでしょうが、その男のことについては、何らかの記憶があるはずですから。
 再び金町駅の方に戻ると、目立って体の大きなパンチパーマの人間が手をあげました。
「面白い場所で待ち合わせますね、軽井澤さん。」
「米田さん。お忙しい中申し訳ないです。」
「こんな場所と言っては何ですが、縁もゆかりもあったのでしたっけ」
「はい。ゆかりというか、昔通ったボクシングジムがあります。今は、多摩川で東京の西側ですが、始めたのは東のはずれだったんです。」
 我々は特にどこを目指すともなく、駅の界隈を歩きました。
「ふむ。風間と守谷は進展しましたか?」
「今朝方、二重橋でレイナさんにいただいた彼らの共通点に会って参りました。」
「共通点?」
「ええ。彼らの検索の共通点です。その前に、実は風間からようやく電話がありましたよ。」
「ほう。いろいろ話せましたか。」
「電話自体は、また例によって、途中で切れてしまったのですが、いくつか話せました。」
「切れたというのも、よくわからないですが」
「はい。公衆電話からかけてきていました。」
「公衆電話?彼は携帯電話がないのですか?」
「いえ、なぜか、その時だけです。」
「なぜ、公衆電話か、そのことについては話しました?」
「話せてません。それが、何だか、追われてるような空気があったのです。。」
「逃げているのかも知れないですね。携帯は、位置がバレやすいと聞いたことがあります。」
「……。」
「猫の死体を置かれた人間が、携帯の電話を切って逃げている。わざわざ公衆電話を使って連絡をしてくる。」
「はい。」
「なんだか、今回の話はいつになっても平和にならないですね。それで風間とはどんな話を?」
 米田さんは火のないタバコを手に持ちながら、じっとわたくしを見つめました。
「はい。まずは、葉書のことを話しました。十四枚全く同じ葉書を私刑された守谷と言う男が持っていたよ、と。」
「なるほど。」
「しかし。風間は少しも驚きませんでした。」
「葉書に?」
「はい。それと、同じ葉書を送られている守谷と言う名前についても、風間は一切知らないと言うのです。」
「うむ。では本当に知らないと言うことなのですかね。私にはそう思えないけれども。芝居でも打ったのか。一切関係なさげなのですか?」
「風間が葉書には驚かなかったことや、守谷のことも知らないと言う対応自体には、正直、芝居は感じませんでした。むしろ我々に芝居や嘘をつく意味も全くないように思われますし、そういう印象でした。ただその周辺で、実は、引っかかる点がございました。」
「引っかかる点?」
「はい。例えば、わたくしはこういうメモを守谷の失踪した病室のベッドの下から拾ったのですが。」
「レシート、ですね。」
 どれどれと、大切な古い布切れでも見るようにわたくしの手からそのメモを取って、米田さんは目を細めました。
「公衆電話で話題に困ったわたくしは、破れかぶれに、風間にこのメモのことを言ったのです。メモがどうも、四人の人間の苗字に見える、と。」
「なるほど。」
「これに、驚いたのです。」
「ほう。」
「葉書の話や、守谷が私刑され死にかかってる話に興味を示さなかった風間が、果たしてこの四人の苗字を云々という話には、明確に反応したのです。」
「この四人の苗字のメモに?」
「はい。そこから、今度は遡って、それまで興味のなかった守谷についても、見た目や身長などを聞いてきました。」
 わたくしは、なぜ見た目を聞いたのかには、多少の心当たりがありました。しかしそのことは言わずにいました。
「見た目を聞いてきたのですか。名前にも私刑にも驚かなかった風間がですね?」
「はい。そうして、最終的には四人には心当たりがあると、言いだしました。いや、むしろこちら、つまりわたくし軽井澤も既にその四人を知ってるだろう、知っていて知らないふりをしているのだろう、...

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